どんな願いもひとつだけ叶う(作 丸野まる)

 昔から、手に入らないものばかりを欲しがる子供だった。

 

 小学生の頃、「スティックキャンディー」が欲しかった。ぐるぐるのキャンディーではなく、クリスマスツリーに飾るような、赤と白のつえの形をしたものが良かった。

 

 小学3年生の私は、母親から誕生日に欲しいものを聞かれ、「スティックキャンディーが欲しい」と答えた。誤解のないように、棒つきのぐるぐるのじゃなく、つえの形をした赤と白のやつがいい、と付け加えた。

 それから誕生日まで、母親は方々でスティックキャンディーを求めたが、当時の地方には取り扱う店は見つからず、結局何か別のものを買ってもらった。

 そのとき何を買ってもらったのか、今ではもう思い出せない。

 

 小学生4年生の冬休み、クリスマスに「寿命をのばす石」をお願いした。

 当時の私は、「寿命」という言葉を知ったばかりで、その言葉をとにかく使いたかった。生と死に興味があり、漠然と長生きがしたかった。家族や友人にも長生きして欲しいと思っていた。

 「寿命をのばす石」の概要と光っている石の絵を便箋に書き、サンタクロース宛の封筒に入れた。手紙は父親を通じて届けてもらった。

 

 はたして、石は届いた。

 くすんだ黄緑色の「いかにも」な形をした小鉢の中に、プールの底のような濃い水色の石が5つ、入っていた。

 私はきれいな石の色にも、魔法っぽい容れ物にも非常に満足し、サンタにお礼の手紙を書いた。

 

 私が欲しがった手に入らないもののきわめつけは、「どんな願いもひとつだけ叶う魔法のキノコ」だった。

 小学6年生になった私は、5年生の時の「寿命がのびる石」に味をしめ、さらにオールマイティなプレゼントを考えた。

 前年同様、欲しいものの概要をサンタ宛の手紙に書いたが、「どんな願いもひとつだけ叶う魔法のキノコ」の具体的なイメージが湧かず、キノコの絵は書かなかった。

 

 クリスマスの日、サンタから届いたプレゼントは、魔法のキノコではなかった。


 包みの中には、魔法の粘土と魔法の絵の具、そして魔法の粉が入っていた。

  私宛の手紙も添えられていた。サンタからのはじめての手紙だった。

 

「みきこちゃんへ

 メリークリスマス。

 魔法のキノコの材料 を送ります。

 魔法の粘土でキノコをつくって、魔法の絵の具で色を塗ってください。

 しあげに魔法の粉をかけて、月の光でよく乾かしたら完成です。

 サンタクロース 」

 

 私は夢中で作った。 魔法の粘土をこね、魔法の色を塗り、魔法の粉をかけて、毎晩ベランダにティッシュを二枚敷き、そっとキノコを乗せて月の光で乾かした。

 昼間は、勉強机の下に隠しておいた。

  

 完成したキノコは、世界で一番綺麗なキノコだった。

「どんな願いもひとつだけ叶う魔法のキノコ」だが、なんだか勿体無くて、使わずに取っておいた。

 

 

 そして、その年末に、私はサンタの正体を知り、サンタへの手紙を書くのをやめてしまった。魔法の終わりは唐突で、あっけなかった。

 

 

 社会人になって、ひさしぶりに実家に帰ったとき、そんな小さい頃の一連の出来事を思い出した。

 机の下にひっそりと置かれていたキノコを見た瞬間、私にはそれが魔法のキノコだと、一瞬でわかった。

 15年ぶりに見るキノコは記憶よりも小さく、ラメが剥げかけていた。

キノコを手にしながら、今願いを叶えるとしたら何がいいだろうか、と考えた。その場でしばらく考えてみたが、適切な答えは思いつかなかった。

  

 もう一度、キノコを作ってみよう。

 ふと、そんな考えが浮かんだ。その直後、それだ、と思った。それからすぐ近所の文具店に行き、紙粘土と絵の具とラメを買ってきた。

 大人になった私は、魔法が魔法でないことを知っている。だけど、だからこそ、こうして魔法の材料を買ってくることができるのだ。小さい頃、私にサンタがしてくれたように。

 私は再び、夢中で粘土をこねた。こねながら、今度通販でスティックキャンディーを買ってみよう、と思った。

 白と赤の、魔法みたいに綺麗なあの飴が、どんな味なのか、今度こそ確かめてやるのだ。

からだ部

からだ部とはからだ部である。

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