お盆は秋の季語 (作 若林理恵)


今日は8月12日。 


お店は、13日から16日のお盆の時期は休みになる。  

普段土日もなく働いているので盆と正月くらいは休もうという店の方針だ。 


いつも通りレジを閉めるために電卓をたたいていると、ふと、目の前に人の気配を感じた。 

わたしはレジから顔を上げ、「早かったね」と目の前の青年に向かって言った。 

思えば、夏に死を意識してしまうのは子供の頃からだった。 


70余年前に原爆で何十万人もの人が亡くなったと教わったし、お盆はご先祖様が帰ってくるというし。なにより死を直接感じたのは、駐車場で仰向けに転がっているセミや、道路で命が絶えて平べったくなってしまったカエルやミミズの死体を見たときだった。 


突然の話だが、わたしの元には、お盆の3日間だけ男の子がやってくる。 


学ランを着た一見普通の学生が、数年前からわたしの前に現れるようになったのだ。 


しかも普通に喋るし、仲が良い。


 「うん。今回はちょっと早めに来れた」とアキは言った。 


アキは高校生で亡くなった幽霊だ。


 


初めてアキを見たのは朝だった。  


アキはリビングに普通に座っていて、わたしの食べかけのシリアルを眺めていた。


 「…なにしてんの。えっ、てか、誰?」 


 異様な雰囲気を放つこの青年を凝視していると、  

「死んでるんだ。アキだよ。夏にだけ出てこられるんだけど、アキ」

なんて、サクッとした自己紹介をしてきた。 


後から聞くと、朝に出たのは、できるだけ怖がらせないようにとアキの配慮だったらしい。 


アキと出会う以前、わたしの日常は変わり映えしないものだった。


毎朝車に乗り、1時間弱かけて職場であるカフェへ向かう。 1日の仕事は、コーヒーを入れたり、SNSを更新したり、書類とにらめっこしたり。 閉店時間になればレジを閉め、ゴミを外に出して帰る準備をする。 ここ5年ほどずっと、だいたいこんな感じだ。特技も才能も大してないわたしだったが、「幽霊が見える」なんていきなりすごいスキルを身に着けてしまったものだな、とたまに思う。


アキはなぜわたしの元にきたのか分からない。  

どうして死んだのかも、生前の家族のことも覚えていなかった。 



 「お盆にだけ、死んだ人たちは生きてる人たちの元に下りられるようになるんだ。線香の白い煙でを辿っていくの。で、途中で迷っちゃってここに来たんだけど、まあ、ここでいっかって思って」 



きょとんと話すアキに、わたしは呆れた。 


アキとは、毎年3日間だけ一緒に過ごす。 運転中は助手席に座ってカーナビでテレビを観る。 部屋ではわたしの漫画を読み、ベッドの横の床に眠る。わたしの家族とのお墓参りにも何故だか付いてくる。 

初めてお墓へ行ったとき、「わ、めちゃめちゃ人いっぱいじゃん」とアキは言った。 

生きてる人と死んでる人でごった返しているそうだ。

考えてみれば、盆に幽霊がやってくるのは一般常識だとしても、 それを実感しているわたしはかなり得をしてるのではないか、と思う。 いや、どういう得かは分からないけど。 わたしだってお盆にはご先祖様を偲んでお墓参りをするけれど、 実際この声がご先祖様に届いているかどうかなんて、 この世に存在するわたしたちにとっては知る由もないのだ。 


本当はというと、夏は嫌いだ。 


照りつく暑さは身体にべったりと張り付き、汗は噴き出るし肌は焼けるし、 耳をつんざくほどにセミがけたたましく鳴き声を上げる。 夏なんて、全ての五感において外を歩きたくない要素ばかりだと思っていた。 

 

だけどアキと出会ってからは、夏がすこし楽しみになり、同時に寂しく思えた。 

アキは、変わり映えのない人生を、嫌いだった夏を、変えてくれた。 

お盆の3日目の夜、 アキはいつも「じゃあなー」と高校生っぽい挨拶で帰ってゆく。  

 

わたしは、うん、じゃあね、と言いながらも、 また変わらない日常が始まる、とボーっと思っていた。 お盆を過ぎるとだんだん景色が秋づいてゆき、 トンボが飛びはじめ、夜にはコオロギが鳴くようになる。 


 またあのじめったい暑さが、線香のにおいが、アキが、恋しくなるのだ。     

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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