闇夜のアンサー(作 岩渕るみ)

ザク、ザク、ザク。

男は土を掘る。音を立てて土にシャベルを刺すたびに、腕の筋肉のすじが月明かりに浮かび上がる。

男の職業は、墓泥棒という。人の墓を掘り、遺体と一緒に埋められた金目のものを失敬するのが生業だ。

今夜掘っている墓は、まだ出来て間もないようだ。街外れの足を運んだことのない場所に、ぽつんと一つだけ建っていたのを見つけた。奇妙なことに、墓石に名前が彫られていない。しかしそれは同時に、幸運の兆しでもあった。最近では、墓泥棒を恐れて名前を彫らない金持ちが増えているそうだ。この墓にも、きっと何かすごいものが隠されているに違いない。

ザク、ザク、ザク。それにしても、もうどれくらい掘っているだろうか。さっきまで明るく輝いていた満月は、いつの間にか灰色の分厚い雲に覆われていた。

男は、頭から流れた大粒の汗が背中を伝って行くのを感じた。まったく、いやになる暑さだ。男はやけっぱちになって、シャベルを思い切り土に突き刺した。

ガチン。大きな音を立て、シャベルの先端が何かにぶつかった。シャベルから伝った振動は男の肘に衝撃となって響き、男の表情を歪めさせた。いたた、ちくしょう。しかし、ようやく当てたか。男は土の下に眠るものを傷つけぬよう気をつけながら、急いで掘り進めた。

ついに墓穴から出てきたのは、一体の骸骨だった。横向きの姿勢で、真っ白な腕に赤みがかった鉄製の箱を抱えている。丈夫そうな骨をしているが、頭のてっぺんに大きなひび割れが入っていた。

おかしい。この国では土葬が一般的なのだ。まだ新しい墓なのに、もう真っ白な骨になっちまってるなんて... 男はさっさと仕事を片付けてしまおうと、赤い箱を囲む骸骨の片腕を持ち上げた。

「おい、こいつぁ俺んだ、泥棒君」

男は、突然聞こえた声に、頭が真っ白になった。シャベルをひっ掴み、墓穴から顔を出した。

「だ、誰かいるのか、出てこい!」

墓穴の外には、誰もいない。

「おい、ここだよ、ここ」

男は声のする方に目を落とし、絶句した。さっきまで横を向いていたはずの骸骨の顔がこちらを向き、ケタケタと顎を動かしている。これは夢か?ああ、そうに違いない。目を覚ませ。起きろ、起きろ...

「起きろ、起きろ、ってか?ハハ、これは夢じゃないぜ」

骸骨はそう言うと、カチャカチャと音を立てながら立ち上がり、腕に抱えた箱を細長い指でコツコツと突いた。

「この箱は俺んだ、渡しはしねえぞ、“タダ”じゃあな」

男はぶるぶると身体を震わせながら、やっとの思いで口を開いた。

「な、なにが望みだ、お、お前は、何者だ」

「ハハ、自らを名乗らずして人にその聞き方はどうかね、泥棒君。まあいいだろう。ここらで少し、余興をしないか」

男は唖然とした。骸骨の言っていることが、まるでわからない。

「俺の正体は、君が当てるのだよ。この箱には、俺に“ゆかり”のある品が三つ、入っている。それらを手がかりにして、俺の正体を当てることができれば、この箱と、それから素晴らしい秘密を差し上げよう。ただし、答えられるのは三回までだ。どうだ、やるか?」

男は唾を飲んだ。夢じゃないようだ。しかし、こんな散々な思いまでして、何も得られずに帰ってたまるか。男は震えを抑えながら頷いた。

「フフ、ようし。それでは始めるぞ」

骸骨は腕に抱えていた箱をゆっくりと開けた。箱の蓋に付いたちょうつがいが、ギイと不気味な音を立てた。

「一つ目の品は、これだ」

骸骨は蓋の隅から品物を覗かせた。現れたのは、黒いピストルだった。男は顔を近づけ、ピストルを観察した。暗がりに目をこらすと、ピストルの持ち手部分にオオカミの絵が彫られている...

そうだ。これは有名な盗賊団のお頭(かしら)のピストルだ。盗賊団はその強暴ぶりから“オオカミ”という通称を持っていた。しかしある日、男はそのお頭と決闘したのだった。決闘の末、男はお頭のピストルを奪い取り、彼の脳天をぶち抜いたのだった。男は輝かしい思い出に目を細めながら、答えた。

「このピストルは、オオカミ盗賊団のお頭のものだ。とすると、君の正体は、あのお頭か」

骸骨は満足げな笑みを浮かべ、首を横に振った。顔を構成するものが骨だけなのに、どうしてこうも表情が伝わってくるのだろうか。

「残念だな。それでは二つ目の品だ」

骸骨はそう言うと、箱から違う品物を取り出した。真っ白な手に載っていたのは、黄金に輝く王冠だった。鮮やかな宝石が散りばめられた、見事な品...

そうだ。先ほどのピストルで例のお頭をぶち抜いたのは、墓の取り合いになったからであった。なぜならそれが、国王の墓だったからだ。男はお頭を倒し、金銀財宝が溢れる宝箱を掘り当てた。そして、宝物の一つがこの王冠だった。男は胸を張って答えた。

「この王冠は、死んだ国王のものだ。お前は、名高き国王さまの骸骨だな」

骸骨は膝を鳴らしながら笑った。答えはまたも外れのようだ。男は苛ついた。ちくしょう、答えられるのは、あと一回。

「さてと、最後の品物だ。よく考えて答えるんだな。ピストル、王冠、そしてこの品物に“ゆかり”のある、俺の正体を...」

男は固唾を飲んで、骸骨の手に注目した。骸骨は一瞬ちらりと男の表情を伺うと、一気に箱から品物を取り出した。出てきたのは、銀色の短剣だった。短剣の先端は錆びついて汚れている。

男は目を閉じて記憶を探った。うむ、おかしいな。どうしても見覚えがない。今まで手に入れた宝も、闘った相手も、忘れずに覚えているはずなのに。

...そうか。ピストルを撃ち、王冠を奪ったその後の出来事が鍵になっているのではないか。そうに違いない。ええと、その後はたしか... 男の心臓の鼓動が速くなる。暑さのせいか、緊迫のせいか、頭のてっぺんから汗が吹き出している。男は両手で、頭を搔きむしった。

その時、雲の中に隠れていた満月がゆっくりと顔を出し、地上に明るい光が注がれた。男は月を見上げ、掻き回していた頭から両手を下ろした。その瞬間、衝撃が走った。

両手が鮮やかすぎるほどの赤色で、染まっている。

男の脳裏を、鋭い悲鳴がつんざいた。そうだ。あの王冠を奪った後、墓地の番人に見つかった。番人から必死に逃げながら、後ろを振り返った瞬間、銀色に光るものがキラリと空を切ったのを見た。そして、その後は... 思い出せない。ぷっつりと記憶が抜け落ちている。いつのまにか短剣の錆びは、月明かりのもとで本来の鮮やかな色を取り戻していた。


そんな。まさか。


「さあ」

その声で、男は視線を上げた。暗闇よりも真っ黒な穴が二つ、こちらを見据えている。

「答えてごらんよ、俺の正体を」


骸骨の口が耳まで開き、顎が小刻みに動いた。ケタケタ、という乾いた音だけが、生ぬるい静寂の中に響き渡った。


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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