薬 (作 鈴音彩子)

ひとりもの かたり部 5話目でございます。


***


自己紹介が苦手だ。

順番に回ってくる時間が恐怖だ。

私の前の子も、前の前の子も、どこの大学からきて何が目的でここへ来たかハキハキ話している。

日に焼けた農家の方々が、こたつ机越しにニコニコしながら相槌を打つ。

私は目の前に置いてあるみかんに焦点を合わせて、農業研修の理由について考える。

頭が痛い。さっき薬を飲んだはずなのに何で効かないのだろう。

私の番はすぐにやってきた。

今、私は私にギブアップしている。もうすぐ成人になるというのに。

「・・・・・・」

思わずみかんを手に取り、嗅いだ。

「小学3年生くらい時、おばあちゃんがうちに泊りに来て、スーパーで箱ごとみかんを買ってくれました。箱買いなんてうちではした事なかったから嬉しくて。」

口が勝手に動いて、びっくりした。机越しに「ほぉ」という声が聞こえる。

「おばあちゃんが、みかん風呂を教えてくれて一緒に皮を干しました。

夜。父を押しのけて、一番風呂に入ったんです。香りがして、楽しくて。

当時、お風呂の中で何秒息を止めていられるかが流行っていて、浮遊するみかんの皮の中で、頭までつかってぶくぶく遊びました。

お風呂から上がって、『透明だけど洗剤みたいなものがみかんの皮から出てる』って大人たちに言ったら、父が慌てて。私に、もう一度シャワーを浴びて来いって。理由は、ノーヤクを浴びたからだと言われました。おばあちゃんにとても謝られたのを覚えています。」

机越しの人が、少し揺れた。

「ノーヤクが、農薬だとわかる年齢になって種からみかんを育てました。葉っぱを虫に食べられて薬が必要だとわかりました。だから、人が薬を飲むように植物にも薬は必要な場合があるんだと分かっているんです。

でも…

人間が口に入れられない薬を植物に使ってその実を人間が食べるって、何を基準に安全だと言っているのか、誰が決めているのか、現場ではどう対応しているのか。学校で色々学んでいますが、まだわからない事がありすぎて。」

私は息をはいた。

「将来、私が子どもを産んだら、おばあちゃんが教えてくれたみかん風呂を一緒に楽しみたいんです。セレクトされたみかんじゃなくて、スーパーで買うみかんで。友達にも教えたいんです。その友達にも教えたいんです。だから、ここへ来ました」

日に焼けた農家の方々がじっと見ている。

また自己紹介を失敗したかと、私は目線を下に落とした。

頭が痛い。薬をもう一錠飲みたい。

午後の日差しが背中をじりじりと焼いている。


ひとりもの かたり部 鈴音彩子

「薬」2018.6作成

画:丸野まる

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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