脳みそがスイカになった男の話 (作 坂尾菜里)

本作品は変集部からのお題をもとに各部員が創作したものである。

① タイトルを「脳みそがスイカになった男の話」と題して作品を書く。

② 作中に、銀行強盗、手紙、カーネルサンダースの言葉を1ないしは2は利用すること。

③ 原稿用紙は1〜5枚程度。(400字から2000字まで)

④ 下手でも良いからご自身で絵をつけること。(本作品においては、偏集部からイラストをつけることは一切しない。)

※創作を楽しんでみよう。


 父は、ごく標準的な味だった。今思い出してもそれが父のものであったのか、市販のものであったのか、その境目は曖昧である。

 祖父は、やけに水っぽく、そしてアルコールが含まれていた。それを口にした幼い僕は人生で初めて酔っ払った。

 僕はどんな味をしているのだろう。

 母から僕のもとへ手紙が届いたのは、僕の頭に小さなスイカの種が見つかったその日であった。それがタイミングが良かったのか、悪かったのか、それは分からない。

 その日は真夏日の連続記録の更新がかかった日であった。

 早朝、うだるような暑さと早起きな一匹のセミの声で目が覚めた。開け放した窓からすでに生ぬるい風が吹き込み、レースのカーテンを揺らしていた。汗でじっとりと濡れたTシャツを脱いで、狭いユニットバスでシャワーを浴びる。その頃僕はひどい頭痛に悩まされており、慢性的な寝不足であった。シャワーを浴びてもなおはっきりとしない頭のまま、Yシャツに腕を通す。それから、空腹ではあったが、市販の鎮痛剤を生ぬるい水で流し込む。支度を整えて家を出ようとすると、玄関に一通の封筒が落ちていた。表には僕の名前。裏にはここ何年も会っていない母の名前があった。まだ出社まで時間の余裕はある。僕は封を開ける。そこには昔はよく見ていた母の字が連なっていた。

 読みながら頭痛がひどくなっていくのを感じた。その症状と反比例して僕の心はしんしんと冷めていった。いつかはこの日が来ると思っていた。だから5年付き合っていた彼女にとうとうプロポーズはしなかった。

 僕は母の手紙に書かれていた脳外科に電話をして、そのあと会社に今日は休むことを伝えた。

 それから母を少しだけ恨んだ。

 母の手紙が気に入らなかった。

 きっと何度も書き直したのだろう。僕のこの日のために僕が生まれてからずっと、27年間推敲を重ねたのだろう。文句のつけようのない、きれいな文章であり、きれいな文字であった。



 その手紙が届いてから一年が経過した。僕の頭の中の小さな種は順調に育ち、立派な球体となり、脳みそを圧迫し、収縮させている。球体が大きくになるにつれ、僕の正常に動く部分は少なくなり、出来なくなったことを考えるより、出来ることを考えることの方が簡単になっていった。


 今年の夏もいつも通りの酷暑で、扇風機の風に吹かれながら窓の外を見つめる。窓の外には「みずいろ」のクレヨンで塗りたくったような青空が広がり、遠くの方にはこれもまた絵に描いたような入道雲がもくもくと浮かんでいた。僕の布団の近くから窓に向かって蟻たちが行列を作っている。僕の身体から発せらる夏の匂いに日ごとに蟻は増えている。が、巣穴に運ぶ餌は無く、僕の布団の近くに置かれた顆粒状の殺虫剤を巣穴にせっせと運んでいる。僕が動かなくなるのと、巣穴で全滅するのどっちが早いのだろう。

「なに笑ってんの」

 妹の声。妹は2日前からここへ帰ってきている。つまり、もうそろそろだということだと思う。

「あり」

 妹は僕の前の行列を見つめている。それから一つため息を吐いた。

「わたしね、お母さんって少しおかしいんじゃないかなって思う」

 妹は蟻の行列に手を突っ込んで、その進路を変える。蟻たちは一瞬混乱を来して、それからすぐに秩序を取り戻す。

「わたし、お母さんだったら兄ちゃんのこと産まないよ」

 僕は少しだけ笑う。母から届いた手紙の内容を思い出す。美しい文章で書かれた潔い決断とわがままと。その答えを出すまでにかかった時間と、その答えを言語化するまでにかかった時間を想像する。けれどそれは僕の想像に過ぎず、もしかしたらその時間は一瞬かもしれない。

 窓から生ぬるい風が吹き込む。母が急に買ってきた風鈴が鳴る。絵にかいたような夏の風景。小さいころに食べた、安い、甘い、みずいろのアイスを食べたいなと思った。

「いい風」

 妹の髪が揺れる。まだ一度も染めたことがないその真っ黒の髪。二重で垂れ気味の目は僕によく似ていて、あのごく標準的な味をしていた父によく似ている。

「おそうめん、食べる」

「たべる」

 本当は食べたくなかったけど、僕はそう答えた。

 妹は台所へ向かう。そうめんを茹でながらきっと泣いていると思う。妹は絶対に人前で泣かない。けれど僕はそのことを知っている。布団にくるまって泣いていたこと、母に叱られ、トイレで泣いていたこと、失恋して風呂場で泣いていたことを僕は知っている。思い出しながら僕は5歳になり、12歳になり、20歳になった。それから一緒になりたかった彼女のことを考えた。例えば彼女と家庭を築いたとして、彼女は僕の子を望むだろうか。

 球体が大きくになるにつれ、僕は喋れなくなったが、頭の中には過去と現在と未来が混濁した状態になり、その合間を僕は浮遊している。それは世間で言われる走馬燈というやつかもしれないし、ただ本当に頭でっかちになっただけかもしれない。

 整列し直した蟻たちはせっせと黄色い粒を巣穴へ運んでいる。

 僕は僕の味を想像する。

 妹と母がかぶりつく姿を想像する。

 よく冷やして食べてほしいな、と思った。

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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