温い砂   (作 田澤 恭平)



「田吾作、キャッチボールしよう。」

 遊びに行くと祖父はこう誘ってきた。



(絵 丸野まる)



 キャッチボールだと当人が言っているのに、世間でいうキャッチボールを祖父はしなかった。祖父がバットでボールを打ち、それを僕が捕るのだ。世に言うノックだ。

 父は僕の後方にいて、僕が球を捕れなかった時のフォローに入っていた。ただ、父が捕ると祖父が怒るので、父はいつも眠そうにしていた。

 僕が疲れると、祖父はバットを僕に渡し、攻守交代になる。攻守交代と言ったが、祖父に対してノックするのではなく、祖父が投げる球を僕が打つということだ。この時父は祖父の後方にいて、僕が打った球を捕る役目だったが、これも祖父が怒るので、タバコをふかしていることが多かった。

 今思うと不思議だ。祖父が投げる。僕が打つ。遠くに飛んで行った球を僕が捕りに行く。祖父にボールを渡す。

 小学校高学年まで何も疑問に思わず、ボールを追いかけていたのだから、我ながら抜けている。

 走り回って足が動かなくなると、キャッチボールは終わった。家に帰ると、台所の床下収納から瓶のサイダーを出してくれた。冷たすぎないサイダーが身体に沁みた。

 これが僕の「キャッチボール」だ。

 世間でいうキャッチボールと違う事を中学の野球部で知った。同期に話して、笑われた。田吾作という時代錯誤甚だしい名前をつけたのは祖父らしい。この名前と「キャッチボール」の話で、同期からは田吾ボーと名付けられた。

 この渾名はすぐに広まり、先輩、先生、後輩までもが呼ぶようになった。

 田吾ボーと呼ばれていることを祖父には結局言わなかった。祖父が傷付くのではないかと思ったのだ。いや、どんな顔で話せば良いのか分からなかったのだ。

 もし祖父の幽霊が目の前に現れたら、自分は何を言うのだろうか。

 大学でも田吾ボーと呼ばれていることを話したら、どんな顔をするのだろうか。

 瞼の裏に浮かんだ祖父は、こう言った。

「田吾作、キャッチボールするか。」 

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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