宇宙が生まれる前のビッグバン。【デパーゼ vol.37】


「お腹、空いた。文絵。」
 


太陽が僕らの真上にある。
 

あれから僕たちはあれこれ喋り、少し芝生にまどろんで、怠惰な時間を過ごした。

僕は思った。今日を一生忘れないだろう、と。


なぜならその日は、

完璧という形容詞をいくらつけても足りないほど、

完璧な日だと思えたからである。 


「じゃ、お昼に、しよう。」
 


文絵に言われたとき不思議に感じた。
 

昼に食べることが久しくなかったことに気づいたからである。
 

僕はいつもこの時刻に寝ていた。

世界中が活動している時間に一人で旅するように夢を見ていたのである。
 


だから今も、

夢を見ているような気分だった。 


「どうしたの?また、ぼんやりして。」 

「何でもない。」 

「そ。」

「何を食べに行く?」 

「あなた忘れたの。私にサンドイッチを作るように言ったの。」 

「ああ。」
 


僕はうっかり忘れていた。

彼女に、神様のサンドイッチを頼んだこと自体。

事実、彼女は手ぶらだった。 


「でも、持ってきたの?」 

「持ってきたわよ。」 

「どこに?」
 


文絵はネルシャツの胸ポケットからコンパクトの四角いケースを取り出した。

それは日頃、ファンデーションか何かが入っているようなものだろうか。 


「はい。」
 

と、文絵はそれを僕に差し出した。
 


僕はそれを受け取った。 


「開けて。」
 


コンパクトを開くと、

そのサイズに合わせた四角い食パンが一枚、

その中にすっぽりと入っていた。
 


僕はそれを手に取ると、 

「何これ?」
 

と、聞いた。
 


文絵は、 

「神様のサンドイッチ。」
 

と、答えた。
 


僕はポカンとした。 


「というか、サンドイッチじゃないじゃん。何も挟んでいないんだし。」
 


神様のサンドイッチが何であるかを問う以前に、

そもそもサンドイッチでもない単なる食パンを寄越したことに異議を唱えた。
 


しかし、文絵は微笑んだ。 


「あら、挟んだわよ、神様。」 

「は?」
 


その瞬間から、文絵の巧みな物語に僕は呑まれた。 


「昨夜、キッチンに水を飲みに行ったら、いたのよ、神様が。こんな小さく。」
 


文絵はそう言って指でそのサイズを示した。 


「え?」

「で、すぐに神様をそのパンに挟んで、サンドイッチにしたの。」 

「神様ってどんなだったの?」 

「どんなんだったかな?忘れちゃった。でも、小さかったわ、そのパンに挟めたんだもん。」

「・・・。」 

「でも、神様ってすごわいね。サンドイッチにした二つのパンを昨夜のうちに一つにしちゃうんだもん。きっと、それは神様だから出来るのよ。そう思わない?だって、一つが二つになることで世界が始まって大きくなっていったわけでしょう。神様はそれを一つに戻すことが出来る。要するに、世界がまだ始まる前の瞬間に戻すってことかな。宇宙が生まれる前のビッグバンよ。バン!」
 

 と、文絵は手を叩いた。


僕は感動した。
 

神様のサンドイッチを、

そのような物語でまとめてくるなど、

思ってもみなかったからである。 

 

だから僕は、賞賛の意味を込めて、 

「この嘘つき!」
 

と、言ってやった。
 


文絵は嬉しそうに、 

「なんで嘘なんて言えるの。昨夜、私が神様をパンに挟んだ瞬間を目撃していないだけじゃない。違う?」
 

と返してくる。
 


僕はその通りだと思い、 

「そうだね。」
 

と素直に答えた。
 


そのとき僕は文絵に負けた気がした。
 

否、女という偉大なる存在に敗北したのである。
 

たとえ僕がどんな物語を生み出したとしても、

きっと彼女の作った神様のサンドイッチのような物語に挟まれ、

より大きな物語へと呑み込まれてしまうに違いない。


それは、絶大な暴力であった。
 


そうだ、言葉はもとより暴力なのである。
 

神様はなんてものを作ったのだ、この野郎!
 

そう、僕は神様を心の中で、密かに呪った。
 


しかし悲しいかな、

その言葉に侵された僕たちが、

そこから離れるには楽園という名の森へ帰るしか術はなかった。
 


そんなこと、出来るわけないだろう。 


「どうしたの?黙って。」
 


僕はその日、初めてむかつくと思った。 


「ほら。食べなさいよ。あなたが頼んだんじゃない?神様のサンドイッチ。」
 


反抗するのも大人気ないと思い、僕はそれを齧った。 


「おいしい?」
 


それは単なる食パンでしかなかった。 


「いや。パンだね。ただの食パンだよ。」
 


それがせめてもの反抗になっただろうか。
 

しかし文絵はこう返した。 


「ねぇ、キリストが、民にパンを分けあたえたとき、なんて言ったか知っている?」
 


知っていた。

が、答えるつもりはない。 


「このパンをわたしのからだだと思って食べなさい。と言ったのよ。」 

「それが?」 

「もう一度、食べてみなさいよ。そしたら、神様の味がするわよ、きっと。」
 


僕はそれを文絵の顔に投げつけてやろうかと思ったが耐えた。
 

そして、やはり、言われた通りまた一口食べた。 


「どう、神様の味はした?」
 


神様の味なんてこれっぽちもしなかった。 


「いや、変わらないね。」 

「そう。じゃ、あなたにはそれを感じとれる味覚がないのかもね。」
 


なぜかその一言は、

あなたの作る物語なんて所詮、

食パン一枚の味も変えられない程度のものなのよと言われているような気がした。


僕はその日、

とてつもなく文絵を憎みたくなったが、

それでも彼女を憎むことをやめて、この世界に言葉を生んだ神様を憎むことにした。
 


なぜなら神様の生み出した言葉を、

僕らは決して塗りかえることが出来ないからである。


少なくとも、

こうして言葉を使う世界が終わるまで、

僕らには為す術は何もなかった。  



作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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