クジラの解体ショーと呪文を唱える少年 【デパーゼ vol.34】


「来たよ!」
 


屋根裏部屋でモノを書こうとしたとき、窓の外から子供の声が聞こえた。
 


窓の外に目を向けると、いつかの少年が屋根にいた。 


「行こう!」 

「行くってどこに?」 

「あの子が来たんだよ。」
 


あの子がどんな子なのか僕にはわからない。 


「早く行こうよ。」
 

僕は、 

「行かなきゃいけないの?」
 

と聞いた。
 

自分を納得させられる理由が欲しかったのだ。 


「当たり前だろう。」

「どうしてだよ?」 

「そんなこともわからないの。」 

「・・・。」 

「からだがあるうちに動き出さないといけない。そうだろ?」
 


からだに微熱がほとばしる。
 

まさしく、少年の言う通りだった。 


「何かを書くんなら、動き出してからにしなよ。」
 


鉛筆を握りしめていた力が抜けた。 


「踊れない奴のものなんて、誰も見向きもしないぜ。とりあえず、踊れ。踊れるんだから。それから、何かを語るなり、書きなよ。大切なのは、まず、動くことだ。」
 


僕は、 

「わかった。」
 

と、窓の外へ踏み出した。 


「よし来た。」
 


屋根の上でバランスを取ると少年が笑った。 


「バランスなんてとるからいけないんだよ。」
 


少年は小粋にステップを踏んで宙に浮かんだ。 


「さぁ、行こう。」 

「待てよ。僕は飛べないんだ。」 

「いつも飛んでいるじゃないか。」 

「まさか。」 

「気の持ちようだろう。」
 


そう言えばそうだった。
 

人は飛べると思えるから飛べるんだ。 


「ステップを踏んでみなよ。」
 


先ほどの少年のステップを真似てみた。

自分も踊れることに気づいた。

それは子供の頃の、後先考えないで動いてしまう、無鉄砲さに似ていた。 


「上手いじゃん。」
 


少年に褒めれて嬉しくなった。
 


調子に乗って、

どんどん足を動かすと、

飛んだ。


宙に、浮いている自分を、発見した。 


「飛んだね。」
 


少年は僕の手を掴んだ。 


「行こう。僕が、案内する。」
 


そして、僕たちは夜空に向けて飛び出した。
 


飛んでいるうちに僕は子供に戻り、

着ていた洋服の袖と裾が宙ではためいた。
 


少年は、 

「もう大丈夫。」
 

と、突然手を離した。
 


落下するのではないかと思ったが、浮かんでいた。


きっと、少年と飛ぶうちに飛び方を学んだのだ。 


「どう気分は?」 

「気持ちいいね。」 

「良かった。」
 


僕たちは浮かんだまましばし互いを見合った。 


「それにしても君の洋服はダボダボだね。」 

「そうなんだ。」
 


少年は、 

「まぁいっか。」
 

と、先ほどと同じ方角を目指して飛んだ。
 


僕もそのあとについて飛んだ。
 


夜の町を俯瞰していると鳥になったような気分だった。 


「どこに行くんだい?」 

「グランドだよ。すぐそこの。」
 


やがて、毎朝通っている、小学校のグランドが見えてきた。
 


僕たちはグランドの中心をめがけて滑らかに高度を落として降り立った。
 

遠くからはうす闇に紛れて気づかなかったが、一人の少女がいた。
 

少女は手持ち無沙汰のせいか土をそっと蹴っていた。 


「ねぇ。君は転校生?」
 


少年が少女に尋ねた。
 

少女は土を蹴ることをやめて、僕たちを見つめた。 


「どこから来たの?」
 


少年が続けて聞いた。 


「あなたち、誰?」
 


少女は質問返しをした。 


「僕は、ちょっと踊れる男の子、なんてね。」
 


少年はその場でステップを踏んで空に浮かんだ。 


「すごい。飛べるんだ。」 

「さっきも、飛んできたんだけどね。」 

「気づかなかった。私も飛びたい。出来る?」 

「もちろん。でも、その前に君のことについて話してよ。僕のことは、話したんだから。そうしたら、教えてあげるよ。」 

「いいわ。」
 


少女は、 

「じゃあ、ここに座って。」
 

と、僕たちを地面に座るように促した。
 


僕たちはグランドに尻をつけた。 


「私は、物語が話せる。」

 「どんな?」
 

と、少年が目を輝かせた。 


「私がいた町のお話。」
 


少女は、ゆったりした口調で話しだす。


 「私の暮らしていた町では、クジラの解体ショーが行われるんだけど、それは世界の終わりと始まりを意味するものなの。そして、それに立ち合ったものは、町を、離れるの。」
 


僕たちはポカンとした。
 

けれども、少女は続けた。 


「クジラの解体ショーが行われる日は、町の水族館に呼び寄せられるように、たくさんの人が集まったわ。その中には家族や恋人や友達たちがいたんだけど、ショーが始まってすぐに、気づくの。そんなつながりなんて、なかったって。なぜなら、クジラのお腹にすーっと線を入れるようにナイフが当てられると、そこからたくさんの言葉があふれて、私たちは包まれるの。そこで、みんなが思い出すの。私たちはクジラの中から生まれた言葉だっていうことに。それに気づいたわたしたちは、その町を離れて、新しく別の町で暮らすことになるの。それだけ。おしまい。」
 


少女はそこで口を閉ざした。 


「それで、君はここに来たの?」
 

と、少年が尋ねた。 


「うん。」 

「不思議な話だね。」

 「よく、言われるわ。」 

「よし、約束通り、飛び方を教えるよ。そして、一緒に遊びに行こう。」
 

と、少年は立ち上がった。 


「嬉しい。でも、ちょっと待って。」 

「何?」 

「彼は、何が出来るの?」 

「そうだね。ねぇ、君は何が出来るの?」
 


二人が僕を見つめた。
 

僕は、何が出来るのだろうか。
 

ふと、呪文を唱えていた子供の頃を思い出した。

僕はそれを誰にも告げずに大人になった。
 

今こそ、それを口にするべきだと感じた。 


「呪文を唱えることが出来る。」 

「呪文?」
 


少女が鸚鵡返す。 


「そう。」 

「どんな?」と少年。 


「デパーゼ。」 

「何それ?」と少女。 





「世界を変える、呪文だよ。」
 




二人はぽかんとした。
 


しかし、その瞬間だった。
 


突然、大地が揺れ、少年と少女が「うわぁ。」と転がった。
 


その揺れはグランドから大きなクジラが現れたためであった。 


「クジラだ!」
 

少年は驚き、 

「なんで?」
 

と、少女が言う。
 


クジラはグランドから抜け出ると気球のように夜空へ浮かびだした。
 

僕たちはクジラの背に乗ってその光景を見守った。 


「これって、呪文のせい?」
 


少女の問いに答えられなかった。
 


なぜなら、呪文を唱えたとき、何も願っていなかったからだ。 


「そうなの!」
 


少年は感動した。 


「君は、こんなことが出来るんだね。」 

「ねぇ、見て。」
 


少女は夜の町を見下ろした。 


「クジラが言葉を降らせている。」
 


クジラは自分のお腹からたくさんの言葉を夜の町へ降らしていった。

それは、夜の町に、命を与えるかのような光景だった。

なぜなら、降り注ぐその言葉たちの、どれもこれもが輝いていたからである。 


「これからどこに行くの?」
 


少女は夜空の遠くを見つめた。 


「このままどこまでも行きたいな。」
 


少年が答えた。
 


僕は、 


「デパーゼ。」
 


と、夜空に向けてもう一度唱えた。
 


するとクジラは、

大きな唸り声をあげ、

夜空を思い切り食い破っていた。
 


あたかもからっぽになろうとするからだを満たそうとするように。
 


そして、食い破った先から初めて光が夜の町へと注がれた。
 


僕たちはその光へと呑まれていった。  



作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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