りんご 【デパーゼ vol.27】


その日の夕方に書いた物語を、 

『りんご』
 

と、名付けた。


 ♈

 


ある晩のこと。 


「ねぇ。りんご、食べる?」
 

と、彼女は言った。

 


僕は迷った。だから、答えなかった。
 


すると彼女は、

りんごを手に持って僕のいるテーブルへとやって来た。
 


そして果物ナイフを皮に当てて回し始めた。
 


しかし、皮はいつまでもりんごを包んでいた。
 


よく見ると、果物ナイフの面を赤い皮に当てているだけだった。
 

なぜか、いつまでもその光景を眺めていたいと思った。
 


ただ、 

「なんで剥かないの?」
 

と、たずねた。
 


もしその質問をしなければ、

りんごはいつまでも、

回り続けていただろうか? 


「剥かないわよ。」 

「どうして?」 

「思い出を、包んでいる、だけだもの。」
 


僕はとても安心した。

別に、りんごなんて、食べたくなかったからだ。
 


だから言った。 


「じゃ、食べなくてもいいんだ。」 と。 


「ううん。食べるわよ。」
 


彼女にそう言われたとき、僕はそうだなと思った。
 


だから、どうして、とたずねる代わりに、
「いつ?」 と聞いた。 


「もう少し、したら。」
 


僕は一生分、りんごが回り続けてゆくのを眺めていたような気がする。


あたかも、赤い皮を透かして、走馬灯が見えるような気すらした。 


「そろそろかな。」
 


彼女は回すのをやめると、

果物ナイフでりんごを水平に切って二つにした。
 


そのうちの一つを僕の前に置いて、 

「はい。スプーン。」
 

と、銀色のスプーンを添えた。
 


りんごをスプーンで食べたことなど一度もないので少し新鮮だった。

 

「まだ、だから。」 

「そうなの。」 

「りんごは硬いから、こうやってスプーンの裏で撫でるの。」
 


彼女はスプーンの裏でりんごをぐるぐると撫で回した。


すると、

りんごが少しずつ、

溶け始めた。
 


僕も真似てみた。
 


スプーンでりんごを撫でているあいだ僕は悲しくなった。
 


りんごの中に気づかぬうちに忘れ去ったたくさんの思い出があるような気がしたからだ。 


「見て。」
 


彼女は、

りんごをスプーンですくうと、

それを傾けた。
 


こぼれおちてゆく中に彼女の思い出たちが見えた。
 


僕もスプーンですくってたらしてみた。
 


やはり、僕の思い出が詰まっていた。 


「食べよう。」
 


彼女に促され、僕はりんごを口にした。
 


たくさんの思い出が僕を満たしていった。   



作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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