「最初は、私がみんなをいじめていたの。」 【デパーゼvol.12】


「わたしね。」
 

文絵は泣き止むと天井を見つめたまま呟いた。
 

僕はそのとき、彼女の頭を両手で包んでいた。 

「実はさっき、辛かったの。」
 

いつ彼女が辛かったのか、全然わからなかった。 


「いつ?」 

「落書きの話をしたとき。」 

「どうして?」 

「昔、いろんなことを落書きしたの、私。そんな子だった。」 

「じゃ、トイレの、まぁ座れも?」 

「あれは違うわ。あんな品がいいものじゃない。」
 

品がいいかと首を傾げたくなったが、 

「どんなものを書いたの?」
 

と、尋ねた。 

「秘密。」
 

彼女はよく秘密と口にした。 


「ただ・・・。」 

「ただ?」 

「とっても、口にしたくないような、言葉たち。」


それ以上、聞く必要はないと思った。
 

トイレの落書きなんて、大半が人の憎しみや陰口の吹き溜まり、みたいなものである。

たとえ自分が書かなかったとして、誰しもがそれを一度は目にしたことがあるのではないだろうか。そしてそれらの言葉に、つい、見いってしまうものだと思う。
 

ただ、そういった落書きも最近では減ってきたように感じる。
 

トイレに吹き溜まる闇のほとんどがネットの2チャンネルに移動したのかもしれない。
 

それが良いのか悪いのか全くわからない。
 

ただ一つはっきりしているのは、求めたものだけがその闇を見るようになったのではないか、と感じる。偶然、便座に腰を下ろした時、思わず見かけるような不意打ちはなくなった。 

「私ね。昔、いじめられていたの。」
 

初耳だった。
 

文絵が、自分の、それも昔のことを語ることはそれほどない。
 

しかし時折、ふとこんな具合に、何かを思い出すようにつらつらと話すことがある。

そんな時はちゃんと聞くように心がけた。 


「でもね。」 

「うん。」 

「最初は、私がみんなをいじめていたの。」 

「?」 

「今でもよく覚えているんだけど。小学校の2年生まで、私はなぜかクラスで一番強かった。本当に強かった。何も、怖くなったし、みんなが私の支配下にあった。だから、みんな私に逆らうこともなかったわ。でもね・・・、ある日、突然。何でかわからないけど、そのことが急に変に感じたの。なんで、自分はみんなよりも強いと思えて、実際にクラスで君臨していたのかも、不思議に思えたの。それからよ。変わったのは・・・。」 

「つまり?」 

「急に、いじめられるようになったの。それからはずっと、いじめられる側にいた、小学校の間」
「そんなことってあるんだね。なんか、怖い話だね。」 

「たぶん。人の上にいて、誰かをいじめていたことが突然罪深く感じたの。」 

「罪を感じるより、いじめられることを選んだの?」 

「わからない。でも、いじめられるのも嫌だったわよ。」 

「そりゃそうだ。」 

「しかも、自分がコキつかっていた子に、いじめられたんだから。」

「下剋上だね。」 

「本当にそうだったわ。」 

「辛いね?」 

「だから、いつもトイレに逃げて、彼らを呪ってやったの。」
 


それがトイレの落書きとつながるのか。 


「あなたはいじめられた?」
 


僕はふと自分の子供の頃を思い返した。
 

いじめられもしたし、それなりに誰かをいじめたかもしれない。
 

ただ、いじめるのはあまり好きなことではなかった。 


「まぁ、それなりに。」 

「あなたの思い出を話してよ。」 

「僕の?」 

「うん。」 

「何の話がいいかな?」 

「小さい頃の話なら何でもいいわ。」 

「わかった。ちょっと考えてみる。」
 


僕は小学生の頃を思い出すことにした。
 

ただ、誰かをいじめたり、誰かにいじめられたりする話は避けることにした。

そういった思い出にふれるとしばらく辛い気持ちに支配されるからだ。

さて、何を話そうと思っているうちに文絵は寝てしまった。
 


寝室の灯りを消すと、

からだの中の夜の町へと梯子を下ろすため、

僕は三階の屋根裏部屋へと階段をそっと上がっていった。   



作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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