円周率みたいに、数字が終わりなく続いてゆくのが嫌い 【デパーゼvol.7】


出会ったその日に恋に落ちる。
 

よく、物語の男女にあることだ。
 


僕と文絵の出会いもそれに近いが、それが恋であるのかは未だにわからない。


ただ、出会ったその日に僕たちは引力のように結ばれた。
 


当時、僕は友人に誘われ、田舎で農業の手伝いをしていた。
 

都会を離れて自然の中で暮らす、

そんな生活に憧れを抱いたわけではなかったが、

気づくと男二人で東京ドームよりも大きな畑を耕すことになった。

来る日も来る日も土を耕しては水をまき、日が暮れて家賃二万円の古民家に帰るとなぜかザリガニが玄関で僕らを待っている、そんな暮らしだ。
 


そこで僕らは毎日同じ時間に起き、

同じ時間にご飯を食べ、

そして似たような夢を語って床についた。
 


そんなある日、同居人が彼女を家に連れて来てもいいかと言った。

僕がOKすると、ついでに僕の彼女も呼んだらという話になり、

僕らのザリガニハウスに招待することになった。
 


それを楽しみにしていたかというとそうでもない。
 


ただ、青春を謳歌するような、ワンシーンをやっておこうと思ったのである。


夏に、線香花火を灯して夜空にロケット花火を打ち上げる、それと同じぐらい取るに足らないものである。

しかし、それは当初思い描いたものとは、かなり違ったものになった。
 

まず、その日の午前、僕の彼女から「田舎はやめる。」とメールがあった。
 

僕は、怒ることも呆れることもなく、受け入れた。
 

彼女はその日の気分で約束を反故にしたり、約束そのものをすっぽかすこともあった。
 

彼女と付き合って学んだことは、
「人をコントロールしようとしない。」
 ということである。

人はすぐに他人を力でやり込めようとする。
 

そして、思い通りにならないことに、疲れるのだ。
 

そんなわけで、僕は遠くで耕運機を操縦している同居人に、大声で告げた。 

「お〜い。僕の彼女は、あかん。あれは女だ。」と。
 


三秒後。
 


同居人はこちらを向いて、
「火と女と海ってわけね。」と、答えて笑った。
 

このー火と女と海ーとは、この世で最も手に負えないものを意味する格言である。
 

僕はこれをイタリア人から教わり、同居人に教えた。
 


結局、同居人の彼女が、女友達を連れてくることになった。

その子はつい昨日、

彼氏と別れたらしく、

みんなで慰めてあげようというよくわからない流れになった。
 


二人が、僕に対して気をきかせたつもりかもしれない。
 

その気持ちは素直にありがたいと思えたし、

僕も彼氏と別れたばかりの見知らぬ女性に会えるのが楽しみでならなかった。

傷ついた女の相談に乗って上手く転がる話はよくある。
 

そんな淡い期待を胸に秘めていた、とても。
 


そして夜、

僕たちは彼女たちと一緒に、

家の前の敷地でバーベキューをした。
 


酒を飲み、食も進み、話も弾んだ。
 


とにかく、その夜の始まりはとても楽しかった。
 


実際、彼女は全く傷ついているようには見えなかった。


だからあえてその話題には触れず、

その子が話したくなったら聞いてあげようと、

僕ら三人は気持ちを一つにしていた。
 


その後、彼女が、「海が見たい。」 とつぶやいた。
 

傷ついた心を癒すための海だろう、と僕たちは思った。 

「行こうよ。」
 

同居人の彼女が言った。
 

僕たちは酒を飲んでいたが田舎町の飲酒運転などよくあることだった。

それに海まで車で十分もかからなかった。 

「OK。じゃ、とりあえず、先に片付けよう。」
 

と言う同居人に、 

「そうしましょう。」
 

と、僕が答えた。
 

僕たちは目を見張るような手際の良いコンビプレイで片付けを済ませた。
 

多分、その姿に日頃の仕事っぷりを感じてもらえたのではないだろうか。

それはある種のセックスアピールでもあった、少なくとも、僕は。
 


僕たちはトラックの荷台に彼女たちを載せると海へ向かった。

彼女たちは夜空の星を見上げてはしゃぎ、車内にいる僕らもかなりハイになっていた。
 

浜辺に着くと、みんなでビールやウィスキーを回し飲みしながら、夜空に向けてロケット花火を打ち上げた。

そして、意味もなく渚を走り、夜のそれなりに冷たい海水をかけあった。
 

気付くと、同居人とその彼女の姿がなかった。
 

僕らは二人きりになると、また渚を走った。
 

走って、走って、最後には砂浜にへたり込んだ。
 

肩を弾ませ、荒い呼吸をくり返しているうちに、なんだか笑い出してしまった。 

「体力あるね。」 

「毎日小学生、相手にしてるからね。」
彼女も笑った。 

乱れた呼吸が整うと、僕は海を見て、彼女は山を見て、背中あわせに座った。

お互いの体温と匂いと汗が背中でとけ合った。 

「ねえ。もう少しこっちに傾いてこられる?」
彼女の声が僕の背中を響かせた。 

「ん?」
 

意味がわからず、じっとしていると、 

「空を見上げるようにしてね。」
 

と、彼女が僕の右肩の上に、自分の頭を乗せて来た。 

「そのまま、私の肩に頭を乗せて。」
 

僕は促されるままに彼女の右肩の上に頭を乗せてみた。 

僕の右耳と、彼女の右耳が、くっつくようになった。 

「そう。上手。」
 

彼女は満足そうだった。 

そして更に続けた。 

「頭の重さを私に預けたまま、お尻をスルスルって前に滑らせられる?」
 

尻を前に滑らせてみると、互いの肩が支点になり、うまい具合にお互いの体が傾き始めた。

僕たちの頭はどんどん低くなっていった。 

「そのままもっと。」
 

そして、最後には、互いの肩を枕にするように仰向けになって落ち着いた。
 

とてつもなく気持ち良かった。 

「何これ?」 

「気持ち良いでしょう?」 

「やばいな。」 

「『肩枕』って、言ってね。子供たちのレクリエーションで、たまにするんだ。」 

「かたまくらかぁ?」 

眼の前に夜空が広がっていた。 

打ち寄せるさざ波の音が、僕らを包んだ。 

「今、どんな気分?」
 

彼女に問われて、僕は多分十秒ほど考えた。 

「地中海にいる。」 

「地中海?」 

「僕たちは、イカダに乗って海の上に浮かんでいる。」 

「それで?」 

「それだけだよ。」 

「いいわね。」 

「最高だよ。」 

「私も今、そんな気分。」
 


僕たちはしばし沈黙した。
 


波の音に耳をすませ、

夜の星が流れてゆくのを見上げていると、

本当に海の上でぷかぷかと浮かんでいるようだった。
 


それからどれぐらいの時間が過ぎただろうか、 

「聞いたわよ。」 と、彼女が言った。


 「本当は彼女が来る予定だったんでしょう。」
 


イカダが、海の底へと沈んでゆくのを感じた。 


「知っていたんだ。」 

「だって、彼女のドタキャンの埋め合わせだけど、どうって誘われたから。」
 


なんともすごい誘われ方である。 

「別に、怒っていないから。」
 

僕はほっとした。 

「怒る権利なんて、ないし。」
 

彼女の言う通りである。 

「ただ、言っておこうと思ったわけ。一応、知っているって。」 

「それは、僕に対する防衛線?」 

「違う。何かあった時、二人は共犯者だっていう、ケジメ。」 

「なるほど。」
 

随分と筋を通す女だと思った。きっと、自分なりのルールがちゃんとあるんだろう、生きてゆく上で。 

「聞きたいこと、あるんじゃない?」 

「ある。」 

「どうぞ。」 

「昨日、男と別れたって、聞いた。本当?」

 「本当。私、昨夜、決めたの。」 

「何を?」 

「もう、恋はしない!」 


僕はどう答えていいかわからなかった。
 

ただ、沈黙が続くため、「なぜ?」 と聞いた。 

「傷つくから。」
 


素直だ。極端過ぎる。そして、実はおバカなのかとすら思った。
 


僕はなんと答えて良いかまたわからなかった。
 

僕はまたしばらく口を閉ざした。
 

およそ三十秒後、
「極端だと思った?」 と問われる。 

「うん。」 

「バカだと思った?」 

「・・・。」 

「思ったんだ、やっぱり。」
 

話題を変えようと思った。
 

たとえば、どんな彼氏だったのか、聞いてみるのもいい。 

「どんな人と付き合っていたの?」 

「教えない。」
 

ち〜ん。 その話題は終わった。
 

すると突然、
「ねぇ、数学って好き?」
 と、話が代わる。 

「数学?」 

「そう。」 

「どうしてまた?」 

「私、好きだし、嫌い。」
 

その理由に彼女を知るヒントがあると感じた。 

「数学のほとんどは割り切れる。そして、答えもある。そこが好き。」

 「嫌いなところは?」 

「円周率みたいに、数字が終わりなく続いてゆくのが嫌い。」
 

なるほど。すごくわかりやすい子である。 

「あなたは?」
 

少し考えてから答えた。 

「好きだった。でも、途中から嫌いになった。」 

「なんで?」 

「学年が上がるたびに新しい問題と出会う。なんだかいつも、問題に追いかけられているようで、その、終わりのないのが、絶望的に思えてね。」

 「その気持ち、すごくわかる。」 

「そう。」 

「ねぇねぇ。」 

「はい。」
 

次に何が来るのか、全く予測がつかなかった。 

「運命の出会って信じる?」 

「たとえば?」 

「わたしたちの今もそうじゃない。」 

「つまり?」 

「私は彼氏と別れ、あなたは彼女に振られた。そして、独り身になった者が出会う、それも運命の出会いじゃない?ドラマのようだし。」
 

僕は振られたわけではなかったが、突っ込まないことにした。
 

下心がそれを肯定したのである。
 

だから僕は、
「確かにそうだね。」 と、答えた。 

「でも、私は信じない。」 

「はぁ。」 

「偶然だから。」 

「そういったら全ては偶然だよ。」 

「そう。単なる偶然の連続。それだけ。」 

「じゃ、君は何を信じるの?」 

「こうしている瞬間よ。」 

「瞬間?」 

「そう。あなたの体温を感じている、ただそれだけ。」

 「・・・。」 

「その体温だけは裏切らない。絶対に。」

確かにそうだと思った。
 

彼女の言葉に僕は体温を感じた。 

「確かに、このぬくもりだけは裏切らないね。」 

「死ぬまで裏切らないわ、何があっても。」
 

久しぶりに真実に僕は触れた。 

「だから運命的な出会いとかどうでもいい。」
 

僕は少しずつ彼女のことがわかってきた。
 

彼女にはすでに信じれるものがあった。それをより確かなものにするためにこうして語るのだ。

 「運命の人、なんていないのよ。ただ、代わりがいるだけよ、代わりが。」
 

僕は、彼女が昨日まで付き合っていた、彼氏の代わりだろうか。
 

事実、僕も彼女を彼女の代わりにしていた。 

「私がもう恋しないっていう理由わかった?」 

「なんとなくは。」 

「見なきゃいいのよ。」 

「見ない?」 

「そう。今だって、私たちは触れ合っているだけでしょう?」 

「確かにそうだね。」
 

僕らはずっと夜空の星を見ていた。 

「お互いを見ないようにすれば、体温だけでつながれるじゃない。」

と、文絵は念を押すように告げる。 

「まぁね。」 

「見ると、自分のフィルターで、だんだん嫌いになる。」 

「それ、すごくわかるわ。」 

「相手を見なければ、思ったことも言える。」 

「うぅん?」 

「そんな女とは別れたら。」
 

知り合って間もない女に、付き合っている彼女と別れろと言われたのは、人生でそれが初めてのことであった。

不思議と、胸の奥がすーっと軽くなった。

何で、そのことに早く気付かなかったのだろう、そう思った。
 

ただ、僕は頷く代わりに、
「それって、君と付き合えって、こと?」
 と尋ねた。 

「うぬぼれないで。」
 

うぬぼれたつもりはない。 

「私と付き合うことになったとしてもそれは偶然だから。」
 

僕はそこまで言わなくともと思った。 

「何が言いたいの?」 

「私を見ないでいられる?」
 

なるほど。 とても愛されたい子なのだろう。
 

別れた彼氏も、さぞ大変だっただろうなと、彼に同情した。
 

僕は少し考えた。 付き合っている彼女に未練はなかった。 乗り換えてもいいかな、と思った。
 


ただ、彼女のワールドに呑まれるのも癪で、 

「どうかな〜。」
 

と、答えた。 

 

彼女は十秒後、
「なんか、むかつく。」
 と答えて、僕の元を離れた。
 


そして彼女は思いっきり走り出した。
 

僕は先ほどのかけっこのように彼女を追いかけた。
 

彼女の手を取るつもりでいたのに暗くて追い越してしまった。

それに気づいた彼女は僕を追い越した。だから、もう一度追い越してやった。

そんな風にして、僕たちは追い抜きあった。

それはやがて、お互いの上下関係を変えるシーソーのような付き合いに変わった。
 


そして、

僕たちはイカダのように、

今なおぷかぷかと浮かんでいる。  



作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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