人生はヒモと言う名の罰ゲーム 【デパーゼvol.4】


僕たちはいつも小学校までの道のりを自転車で行く。
 

僕が自転車のペダルを漕ぎ、文絵が後ろの荷台に腰を下ろす。
 


つまり、大の男が大の女を学校まで送るのである。
 

子供じゃあるまいしと思われるかもしれないが、文絵という女は子供の側面を持ち合わせている。

勤めている先が小学校というせいか、

いつも子供たちの素直なわがままを聞くうちに、

自分のインナーチャイルドが覚醒したのだろう。

それほど害のない我儘を誰かに聞いてもらうことでその欲求を満たそうとする。
 


そして、その我儘を聞き入れるのが僕の役割だった。
 


事実、今までにも数々の我儘に極力応えてきた。
 


ある時など、

風呂上がりに突然僕を呼び寄せ、

その場で人形になり果てた。 


「ねぇ、私のからだを拭いて、パンツをはかせて、ブラジャーをつけて、パジャマを着させて、髪をとかして、ご飯を食べさせて・・・。」
 


つまり、

自ら生きることを放棄して、

あらゆる注文を迫った。
 


僕はその場で彼女の手となり足となった。


さらには、彼女の頭になって考えてあげたりもした。


(その時の彼女は知力すら失われていた)
 


しかし、僕は時に文絵の要望をことごとく無視することもあった。
 


要するに全てを跳ね付け、

あたかも暴君の如く振る舞う彼氏を、

少なくとも月に一度は演じてあげた。


(実際は、僕にそういった凶暴な性格はあまりないのだが)


なぜ、

そんな野蛮な振る舞いをするかと問われれば、

これもまた愛だと胸を張って素直に答えることが出来た。
 


文絵は言葉にこそしなかったが、

ぼろ雑巾のように酷使された僕(僕はそう思っていないけど)が、

壊れる姿が見たかったのである。


僕が時折、

こんな姿をさらしてあげることで、

文絵はホッとしたはずだ。
 


我が家には自分と同じく時折壊れる人間がいるという同族の安心感。
 


僕はよく愛されるために必要なことは何かと己に問う?
 


それは奴婢のように全ての要求に応えることでも聖人君子のように優しい光で包んであげることでもない。


相手を知り、

相手が喜ぶ素顔を想像して立ち振る舞い、

そして最後に相手よりも数段上手に壊れてあげることであった。
 


本物のヒモとは、この壊れっぷりにかかっているような気がする。
 


それが、僕が学んできた一つの真実であった。
 


少なくとも僕はある一つのことが断言出来る。
 


つまり。
 


本間文絵という女の愛し方を知った世界で唯一無二のヒモである、と。
 


もちろん、声高に誇ることでもないのだが。
 


しかし、そんな僕もそれなりに失敗を犯してきた。

それは決まって、相手にスキを見せた瞬間に生まれるものだ。
 

二人が同棲して間もないある朝のこと。
 


二人分の食器を流しで洗っていると、 

「ねぇ。自転車で学校まで送ってよ。」 

と、文絵がなんとなしに言った。
 

僕はいささか朦朧としていたのだろう、 

「子供じゃあるまいし、何を言っているんだ!」 

と、怒鳴りはしなかったが、ついキツい口調で返していた。
 


ほとんど無意識だった。それがいけなかった。


なぜなら、全ては意識的であるか否かにかかっている。
 


気づいた時にはすでに遅かった。
 

文絵は二人の間で決して口にしてはいけない暗黙のルールを破ったのである。 


「ただ飯食ってるくせに!何言っているの。」と。
 


その瞬間冷や汗で僕は凍りついた。
 

それは、ミッキーマウスの中は人間なんだぞ、と子供に教えるぐらい夢のないことではないか。

僕たちが築き上げてきたディズニーランドを壊してはいけない。
 

エスカレートして行けばこの家で暮らせなくなる。

焦った僕は、食器洗いを途中で放り投げると、文絵の手を取った。 


「何するの?手、濡れてるじゃない、ふいてよ。」 

「そんなことはいいんだ。さぁ、早く自転車で学校に行こう!僕たちの関係を全世界に見せびらかせよう!」 

「バカ言わないで、見せびらかせるつもりじゃないから。」 

「わかっている。とにかく、気が変わらないうちに、行こう。」
 


僕は半ば強引に彼女を自転車の後ろに乗せると、小学校まで鬼のようにペダルを漕いだ。

思わぬ罪深き発言を帳消しにするために必死だった。

以来、彼女を自転車で送ることが、僕らの生活へと定着した。
 


ある日、食卓で、 

「人生は罰ゲームですね。先生。」
 と、

文絵の小学校の男子生徒が言った言葉を、彼女が何かの流れで話してくれたのを今でも覚えている。 


僕も同感である。
 

毎朝、彼女を学校まで自転車で送るなど、罰ゲーム以外の理由であろうはずもない。
 

恥ずかしすぎて誰にも言えない。
 


ヒモ稼業など世間に見せびらかすものではなく、

二人以外の誰にも知られずに、

こっそりとイチャイチャするものである。
 


ただ、おかげさまでというべきか、

もしも僕たちの関係を問われればこう答えることが出来るようになった。 


「毎朝、僕が彼女を勤め先の小学校まで自転車で送る関係です。」と。
 


もちろん、それだけでは首を傾げてしまうだろう。
 


しかし、

首を傾げてしまうほど、

僕たちの関係はどっぷりと深いのである。



作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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