神様のサンドイッチ 【デパーゼvol.3】  


朝の光が屋根裏部屋の窓から差し込んでくる。 

外の世界の始まりは僕の一日の終わりでもあった。 


そのゆるやかな光は僕を安らかな眠りへと誘おうとする。

 


僕はノートを閉じると、屋根裏部屋の階段を降りた。 

階下から食器の音がした。
 


キッチンでは文絵が朝食と晩御飯を用意していた。

 


テーブルに文絵のバタートーストと僕のビーフシチューがある。
 


その間を分かつようにしてサラダ。

文絵が、
「いただきます。」
 と、

フォークでサラダをよそって食べ始めると、

僕もサラダを食べる。
 


同じ食卓であるにも関わらず、

サラダをのぞいて、

二人の食べるものが毎度違うのは僕たちの生活時間がまるっきり逆のためである。


そのせいか、

新鮮なサラダを口にしている時だけ、

一緒に食卓を囲んでいる気がすることもあった。 


「ねぇ。今度、ピクニックに行かない?」
 


僕は、「ピクニック?」と鸚鵡返した。
 

文絵は、「そう。」と、トーストを手にとって齧った。
 

彼女のシャツに滑り落ちていったパンくずを見つめて
しまう。
 


つまり、ピクニックを昼にするのか、それとも夜にするのか、と。 


「当然、明るい時間よ。サンドイッチを作って、芝生でのんびりしましょう。」
 

文絵は、僕の心のうちをすかさず見透かした。 

「そうだね。」
 と、僕は微笑んだ。 

「大丈夫だから。」 

「何が?」 

「そこで、寝ればいいじゃない。」 

「じゃ、枕、持っていかないとね。」 

「いらないわよ。私が膝枕してあげるから。」 

「重たいよ。」 

「寝るまでの間だから平気よ。」 

「そうだね。」

「じゃ、決定ね。」 

 

文絵が唐突に何かを提案するのは今に始まったことではない。
 

僕にはいつもそれに応えるだけのゆとりが十分あった。
 

だから、これしき、本当にたいしたことではない。 


「何のサンドイッチがいい?」
 


うっかり、何でもいいよと答えそうになってしまったが、それもいけない。
 


まず大切なのは、 

「そうだなぁ。」
 と、

一緒に考えてあげることだ。
 


彼女の思い描く、ピクニックの登場人物に、ならなければいけない。
 


そして僕は答えた。 


「納豆!」 

「何それ?」
 


文絵は思わず笑った。 


「納豆サンドだよ!」 

「ヤダ、そんなの。」 

「齧ると糸を引く、今世紀最大の思わぬ一品、ここにあり。」 

「食べたくない。それに、あなた納豆嫌いじゃない。」 

「冗談だよ。イメージしたら面白かったから、つい。」 

「そうね。じゃ、特別なのを考えて、せっかくだし。」
 
 


僕のスイッチが入った。
 

「猫サンド」「挟めない」 

「犬サンド」「挟んでどうするの!」 

「レモンサンド」「微妙」「確かに」 

「梅サンド」「う〜ん」「違うね」「うん」

 「味噌サンド」「ピーナッツがいいな」 

「パンを挟んでパンドイッチ」「パン3枚並べただけでしょう」「確かに」 

「文絵サンド」「夜にして」「そうだね」 

「アレッサンドラ」「何それ?」「外国人の名前だね」「女?」「たぶん」 

「お米サンド」「ヤダ!」「僕も」 

「焼き鳥サンド」「絶対ヤダ!」「B級グルメ、否、C級グルメ」「えっ」

「焼肉サンド」「ホットサンドにするんならいいんじゃない」「確かに」 

「ホットケーキサンド」「うぅん?」「もっさりした感じ」「没」 

「ラーメンサンド」「挟めない」 

「天ぷらそばサンド」「挟めない」 

「ホットドッグサンド」「?」「ホットドッグをさらにサンド」「いらなって」 

「ブーメランサンド!」「?」「当たっても怪我しない」「食べたいんだけど」 

「君の気持ちをサンドイッチ」「ちゃんと考えて」

 


そして、神が舞い降りた。 


「神様サンド。」 

「神様?」 

「そう。神様。」 

「神様をどうやってサンドするのよ。」
 


文絵はそう言って次を求めた。
 

だが、僕は踏みとどまった。 


「その前に、神様って、何?文絵にとって。」 

「・・・。」
 


文絵は戸惑った。
 

たぶんそれは、神様という概念は知っていても、実際に何であるかわからないからである。

僕もそうだ。否、誰しもそうではないだろうか。
 

だから僕は聞きたい。
 

神様って、何だ? 


「知らない。何だろうね。そう言えば。」 

「僕も知らない。だから、知りたい。」 

「仏様とか、キリストとか、ガンジーとかじゃダメなんでしょう。」 

「もちろん、お釈迦様も神様になると思う。でも、そうじゃなくて、もっと本質的なことが知りたい。」 

「わかるわかる。」
 


僕たちはしばらく沈黙し、茫漠とした気持ちになった。 


「わたしね。小さな頃、目を閉じると神様が見える頃があった。」 

「へぇ。どんな姿?」 

「観音様だった。」 

「どうして?」 

「たぶん、あの慎ましいルックスが、神様のイメージだったのかも。」 

「なるほど。今も?」 

「今はどうでもいいかな。あれ、石だもん。」 

「まぁ、そうだけど。」 

「あなたの問いはそういうことでしょう。神様の根本。それが知りたい。」 

「まぁね。」 

「それって言葉なんじゃないの?」
 

 文絵は鋭い。 

「僕もそう思った。言葉は神だってね。でも、それを許すと、全てになってしまう。」

 「?」 

「つまり、言葉は何にでもなれる。この机にも、君の齧ったトーストにも、このビーフシチューにもね。そうでしょう?」 

「そうね。」 

「そうなると、何でもいいじゃんってことになる。」 

「それじゃ、ダメなの?」 

「ダメってことじゃないけど。それは一つの真理でしかないと思う。要するに、神様は言葉である、だからこの世の全てのものであると定義された途端に、言葉のうちに潜んでいたモノにたどり着けない気がする。」 

「なるほどね・・・。要するに、真実から遠ざけるための真実ってことね。」 

「そう。そういった答えは、入り口へと至ることすら阻む目くらましだと思う。」

 「なんだか、わかってきた気がする。」 

「でも、それは同時に、わからないことへの道のりなんだけどね。」 

「確かに。あなたって、いっつもそんなことばかり考えているんだ。」 

「ははは。そうだね。」

 「からだに悪そうね。」
 


返す言葉がなかった。
 


ただ、その代わり、 

「僕らはその神様を前にして、どうするかってことだ。」
 

と、告げた。 

「どうもしないでしょう。」 

「いやいや。もう、踏み込んだよ。」 

「踏み込んだ?」 

「そう。神様を僕たちでサンドするんでしょう!」 

「何それ?」 

「ピクニックのサンドイッチはそれで決まり。文絵が、神様のサンドイッチを作る。」

 「中身、何でもいいってこと?」 

「さぁね。それは文絵にお任せするよ。僕はただ、神様のサンドイッチが食べたいだけだから。いいでしょう?明るいピクニックに付き合うんだから、おあいこさま。楽しみが出来たね。」
 

僕はそんな具合に楽しみを作ることが好きだった。
 

文絵は少し考えてから、
「OK!じゃ、楽しみにしておいてね。」
 と、微笑んだ。
 

交渉成立である。 僕たちはいつもそんな風にして楽しみを作った。 相手の提案に乗る上で自分もそれなりの条件を与えること。 そうやって山あり谷ありを乗り越えて、今日まで関係を築いてきた。 


その後、文絵はトーストを食べ終えるとシャワーを浴びに行った。
 

僕は、シャワーの音を聞きながら、一人ビーフシチューを食べた。
 

少しだけ神様の味がするような気がした。
 


それがどんな味かと問われても、答えられないのだけれど。   




作 青剣

絵 ヤマネコトリコ


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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