神様の樹 11 (作 青剣)


家に着いたのは午後遅く夕暮れ。  

窓からの灯りは外からは見えなかった。  


玄関の引き戸をそっと開けて中に入ると、

「イ、イチ?」と、

廊下の左手にある台所から母の声がした。


母が在宅だとは思わなかった。  


イチは渋々、「ただいま。」と口にした。  


母は玄関に来るなり、 

「何しに帰ってきたの!」と、

苛立った。  


イチは玄関で靴を脱いで框にあがると母をすりぬけて階段を上がった。  


母は、「待ちなさい!まだ、話の途中でしょう。」と、怒鳴った。  


イチはふと、

階段の途中で振り返り、

母を見下ろすように睨みつけた。  


そして、沈黙の拮抗が生まれた。  


自分の中に、

こんなにも凶暴な自分がいることに気づいて、

震えていた。  


イチは母を憎むことよりも、

そんな自分を抱えていることが嫌で、

そのまま自分の部屋へと駆け込んで扉をしめた。


母の声が聞こえてくるが耳を塞いだ。  


そしてベッドに身を投げて、


小さく、


どこまで小さくなりたいとうずくまった。




  「今日でやめるよ。」  


その言葉を思いだすたび胸がギュッとなる。  


その夏、

イチは下校途中の細い路地で、

「姉さん。」とカズに呼ばれた。  


あたりはとても明るく午後の光が二人を包みこんでいるようであった。  


イチは、こんな明るい時分にカズと会うのは珍しいことだと思った。 


「どうしたの?」 

「話があるんだ。」  


しばらくして、 

「カズを今日でやめるよ。」  

と、カズは言った。 


「これはもう決められたことなんだ。」  


イチは名前を与えようとしたときその子が逡巡したのを思い出した。


いつかこうして離れるときがくることをこの子は知っていたのだろうか。 


「やめたら、どうなるの?」 

「もう、こうやって姉さんの前に現れない。」  


イチは答えるべき言葉が見つからなかった。 


「今晩、もう一度ボクが現れる。でもそれはまだ名前をもらう前の、誰でもなかった頃のボク。わかるでしょう。」 

「わからない。」 

「その子が来たら見送ってあげて欲しいんだ。」  


  イチは初めて出会った日が舞い戻ってくることを予感した。  


  カズはその場から走り去って消えた。  


その夜、

家の離れにいたイチは、

これまで自分を見守ってくれていたモノが遠ざかってゆくのを感じた。  


庭に目をやると、あたりはとても静かだった。  


そこに、


いる、


のがわかった。  


やがて、ぼんやりと、子供の姿が見えてきた。 


「君、どこから来たの?」 

「向こう。」  


子供は後ろを指した。  


イチはその先をぼんやりと見つめた。  


自分の通った小学校の方面から、

土を草履で突き刺すときの音が、

聞こえてくる。


気づくとその日は、初めてその子が現れた日であった。  


その子を向こうへ返してあげる日が来たのを知った。


それが最後に自分のしてあげられることだった。 


「ボクは向こうに帰らないといけないんだ。」  


イチは縁側を降りるとその子の元へ歩んだ。  

今度は自分が歩み寄る番なのかもしれない。 


「いいわよ。じゃ、お姉さんと一緒にいきましょう。」  


イチはその子の手を取ると庭を抜けて夜の道を下った。  


そして、夜の学校のグランドへと足を踏み入れた。 



夜のグランドには子供たちがいた。  

子供たちは手を蝶のように舞わせながら、

円を作り、ゆったりと一歩一歩踏みしめる。  


夜空に笑みを浮かべて。  


踊っている。  


庭にあらわれた子供が、その和からはぐれてきたモノであるとイチは肌身に感じた。  


イチはその昔、その子に名を与えて帰せなくした。  


名を与えることは我がモノにするという呪いでもあった。  


しかし、その呪いも今日とこう。 


「ほら。いっておいで。」  


イチはその子の手をはなった。  


その子はイチをしばらく見た。  


そして、イチの元を離れて子供たちの和へ向かった。  


その子が、和に混じって踊り始めると、どの子供であったのか区別がつかなくなった。  


イチはそこでぼんやりと立ち尽くしていた。   



作  せいけん

絵  鈴吉


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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