神様の樹 9 (作 青剣)


街に着いたのは午後三時頃。  

遠くから吹いてくる風には海の匂いがした。  

イチは、母校に顔を出そうと、バスにのった。    


当初、予定したことではなかった。  


土曜でも、正門は開いていた。  


部活動の学生たちのために解放されているのだろう。


運動部の声が聞こえてくる。  


両側に桜が植えられた、

坂道をあがるうちに、

学生に戻るような気分になる。  


坂道の途中、下校する学生たちに「御機嫌よう。」と微笑まれた。  


それが、この学校でのお別れするときの挨拶であった。


イチも彼女らに「御機嫌よう。」と微笑んだ。  


坂道の先にほっそりとした尖塔が見える。

宣教師館の鐘楼である。  


イチは、

同級生たちと一緒に、

宣教師館で賛美歌を歌った日のことを思い出した。  


そういえば一昨年の春頃、同級生の一人から宣教師館で挙げた式のハガキが送られてきた。  


イチに限らず、宣教師館は帰るべき一つのよすがなのだろう。


たとえ、

キリストを信じていなかったとしても、

そこで過ごした大切な思い出があるからだ。  


宣教師館に着いたとき日差しがイチを突き刺した。  


本格的な夏が、もうすぐそこまで、来ていた。  


イチは宣教師館の扉を押し開き、

誘われるようにして、

誰もいない礼拝堂へと歩んだ。  


歩くたびに木の床が軋む。  


イチは、最前列の席に座り、ステンドグラスの壁を見上げた。  


外の光が、ステンドグラスを通して、イチを鮮やかな色に染めあげた。  


イチは、ぼんやりと、幾つかの聖書の言葉を諳んじてみた。  


舌が、それらの言葉を、いまだに覚えていた。 



宣教師館で過ごしたあとは生まれ変わったような気持ちになる。  


それからイチは、なんとなく職員室へ向かった。  


卒業してから七年が過ぎていたが、

ふらりと帰って来ても、

学校の雰囲気が全然変わっていないのは嬉しいことだった。


多分それは、先生が基本的に代わらない、私学ゆえだろう。  


自分がつとめる公立高校であれば、

七年もすれば先生の何人かは移動して、

別の新しい先生に入れ替わってしまう。  


職員室にゆくと数学の糸川先生が机で事務作業をしていた。 


「あら。カワセじゃない。なつかしい。」  


その後、糸川先生と二十分ほどお喋りしただろうか。  


自分の近況や学生の頃の思い出などを話しているうちに、

ふと、「あ、そうだわ。」と、

糸川先生は引き出しから一枚の用紙を取り出した。  


すぐに、それが署名用紙であることがわかる。  


説明を聞くと、

学校の理事会で宣教師館を近々取り壊す話が持ち上がっており、

用紙はそれについて反対する署名を募るものであった。


校友会がその運動を起こしていた。  


ちなみに学校の先生のほとんどはそれについて触れないことにしているそうだ。


誰もが、理事会に睨まれたくないからである。  


しかし、

糸川先生は校友会とのつながりがあり、

バレない程度に署名のお手伝いをしているとのことであった。  


イチはお願いされるまでもなく署名した。  

むしろ、なぜ取り壊すのかが、理解出来なかった。  

訳を尋ねると、どうも理事会は老朽化による耐震を理由にしているそうであった。


何かあったとき、

学校側が責任を取らされる状態を、

恐れたのである。  


イチは、咄嗟に「バカみたい。」と言った。  

すると糸川先生は、「本当ね。」と微笑んだ。 


「死ぬときは、みんな、死ぬんだから。」 

「カワセはあの頃のままね。」  


イチは、糸川先生にそう言われて嬉しかった。  

たぶんそれは、自分が久しぶりに生徒に戻れたからである。   



作  せいけん

絵  鈴吉


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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