神様の樹 7 (作 青剣)


帰省するその日、

イチは電車のボックス席に座って窓の外を眺めた。    


そのうち、誰もいない、放課後の教室の席で座っている子供の頃の自分の姿をちょっとづつ思い出した。


宿題を忘れて居残りを命じられた日のことである。  


イチは宿題を終わらせることが出来ず、

机に突っ伏して息を吹きかけたり、

ノートの端に落書きをしていた。 


 「姉さん、また居残りなんだね。」  


声の先を振り返ると教室の隅にカズがいた。  


その声はそのあとに見せる大胆な性格とは違って少し大人しめであった。


きっと、

あの頃からカズは、

こちらに来ることをいくらか遠慮していたのかもしれない。 


「こっち、おいでよ。」  


窓からの西日が逆光となり、

カズの表情が見てとれなかったが、

どうやら自分が見られるのを心配しているようであった。 


「大丈夫。今なら誰も来ないよ。」  


カズはあたりを少し気にかけてからこちらに来た。  


そして、

机の上のノートの落書きを見ると、

「ボクも、描く。」と言って、筆箱から鉛筆をとって絵を描き始めた。 


 


カズの描くものは、

教室のカーテン、黒板消し、机、椅子、

などと目に付いたものだった。  


ぶっきらぼうに描いたぞ、という主張だけが伝わってくる、そんな絵。  


描き終えると決まって「ねぇ、上手い、上手い?」と、カズは褒めてもらいたがる。  


そういえばあの頃、嘘でも上手いと、褒めたことはあっただろうか。  


ふと、

「上手いわねぇ。」と答えてカズの嬉しがる姿を見たくなったが、

思い出を塗りかえてしまうため控えた。  


そしてカズは、ノートの端に一匹の蜻蛉を描いた。 


「とんぼだよ。ここに来る前に裏山で見たんだ。」  


そうだった。  

あの頃からカズはイチよりも早く外の世界を正しく理解した。  

それに対してイチは、目の前にあるものを曖昧にすることを好み、世界に対する普遍の理解から逃れようとしていた。  


当然、描く絵もそれを反映した。  


イチの絵は、

角の丸い三角形や四角形だとか、

あるいはアメーバのようなものばかり。  


カズにもよく「何、それ?」と言われるたび答えられなかった。  


ただ、そのことに不安を覚えることはなかった。  


カズが、イチと世界の間にいたからだ。 


「ねえ。裏山にいこう。」  


カズは絵を描くことに飽きたようだ。 


「宿題が終わらないと・・・。」 

「でも、さっきから変な絵ばっか描いて。ゼンゼンやらないじゃん。」 


図星だった。 


「帰ったら手伝うから。」 

「本当に?」 

「うん、ボクだったら、そんなの十分もいらないよ。」 

「約束だよ。」 

「じゃ、いこう。」  


カズはすぐに教室を出た。  

イチもそのあとを追い、二人して校舎の裏口から出ると裏山へと向かった。  


裏山は静かな森だった。  

そこへ、帰っていけることが嬉しかった。  

ただ、その森へ足を踏み入れたときに目が覚めた。  


イチは、いつの間にか眠っていた自分に気づくと、なんとなく窓ガラスに手を当てた。  




作  せいけん

絵  鈴吉


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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