神様の樹 6 (作 青剣)


シンクに食器が散乱していた。

晋作は食べ終わった食器をよく洗わなかった。  

夏場は虫がたかるので何度か注意をしたがそれでもなおらない。  


イチは、洗剤で泡立てたスポンジで食器を洗い始めた。  

そして、乾拭き用のタオルでお皿を一枚一枚丁寧に拭いてから、食器棚にそれを収めた。


キッチンの水回りが綺麗になり、

あるべきものがあるべきところに戻ると、

イチは一息つくことが出来た。  


イチはふと、

その綺麗好きで几帳面な性格をかえりみると、

自分を生んだ母の病的なまでの潔癖主義を思うことがあった。


母はあらゆる意味で完璧を求める人だった。  


だから母のそばにいると、

ときに自分がゴミのように感じられ、

自分はこの家にいてはいけないと思うことがあった。


実際、母はイチを生んだことが最大の失敗であると思っているようだった。


幼いころは何度となく「あなたなんか産まなければよかった。」と言われた。  


だから自分もそれを素直に信じ込み、

なんで自分は生まれてきたのだろうと呪ってみることすらあった。


そうやって自分を責めて責めて責め続けることで、

ようやく自分がこうしてあることを少しだけ許されるような気がするのであった。


母といるときはいつも息苦しかった。


胸の奥にぶ厚いものを詰め込まれているように。  


そして、「イチなんて、生まれてこなければよかったのよ。」という母の憎しみはいつしかある「モノガタリ」を生んだ。  


「イチのあとに本当は生まれてくる男の子がいたの。でも、あなたが生まれてくるのにとても時間がかかって、流れてしまったのよ。」  


母は、

双子のもう一人の男の子がいたという「モノガタリ」を捏造し、

イチは弟が水子となったと聞かされて育てられた頃がある。


ちょうど、物心がつき始めた頃である。  


やがてイチはその子がいたら良かったのにと思った。  


イチは何よりもその弟のことを考えて過ごす時間が好きだった。


きっと、

女であることよりも、

母に好かれる男として生きていきたかったのかもしれない。  


だからよく、

イチは家から抜け出して、

同じ敷地内にある離れで弟と過ごした。  


その離れは、

生前の祖父が暮らしていた、

木造の家屋であった。


それは蔦が這う一個の小さな森のようであった。  


小さな森が口を開けるかのような縁側があった。  


庭の向こうは山の斜面が続きその先にイチの通った小学校がある。  


イチは離れで深く息を吐くことで自分の憩う場をそこに見出した。  


だからこうして水回りを綺麗にすることもそうである。  

たとえ一緒に暮している者の手によって無闇に壊されたとしても、

あたかも何事もなかったかのように無関心を装い、

再びそれを元に戻してゆくことをひたすら繰り返した。  

そうすることで、

厄を払ったかのような凛とする空間が生まれ、

さらにはあの離れへと接続することが出来た。  


イチは明日、およそ一年ぶりに離れに帰る。  


出来ることなら、また、弟に会いたい。  


そう、強く願った。 




「帰ってきたんだ。」  


突然、晋作がキッチンへ入ってきた。  


どうも物音で晋作を起こしてしまったらしい。 


「ごめん、起こしちゃった。」 

「あ、大丈夫。さっき、一杯缶ビール飲んで、喉すごい乾いてさ。」  


晋作はグラスに水道水を注ぐと一息に飲んだ。  


イチは新たにシンクに散った水を黙って見ていた。 


「飲んできてたんだ、イチも。顔、赤いね。」 

「うん。でも、もう冷めてる。」 

「イチも飲む?」 

「大丈夫。」  


晋作はまた水道水をグラスに注いだ。  


水が、思いっきりはねた。  


晋作がそのグラスの水を飲み干すと、 

「ねぇ。」と言って、

椅子に腰を下ろしていたイチを抱きしめた。  


イチはあまり気乗りしなかったが、

二人はもたれ合うまま隣の寝室のベッドに倒れた。


晋作にむさぼられている間だけは、

女であるという自分の存在を、

イチは許すことが出来るような気がした。   



作 せいけん

絵  鈴吉


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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