神様の樹 5 (作 青剣)

 

「そうそう。あのオブジェのこと、覚えていますか?」  


イチは、

あのオブジェと聞いて、

長谷部が以前母校に寄ったついでに撮影してきたという彫刻の写真を見せてくれたのを思いした。


実物を生で見たわけではなかったが、

それが人の内面を表すオブジェだということはすぐにわかった。


それは巨大な氷柱を逆さにしたような彫刻で、

ところどころ小さなトゲが生えており、

それら全てが血のように真っ赤に染まっていた。  


イチは、それを思い出しながら「ええ。」と答えた。 


「あの写真を見せたとき、何て答えたか覚えています。」 


「確か・・・。」 

「抱きしめたいって、いったんです。」 


確かに、自分はそう口にした。  


長谷部がその発言に対して驚いたのをよく覚えている。


その後、

その写真について意見を交すと、

二人の間ではその見方が根本的に違っていたことがわかった。  


つまり、

長谷部はその痛々しいオブジェを前にしたとき、

それが作り手のむき出しの内側であると感じて、直視すらしたくなかった。


それに対してイチはその内側にはさらなる内側があることを感じた。


そうなるとその刺々しいオブジェは作り手の心を守るための外身になる。  


イチは自分が傷つく可能性があったとしても、

抱きしめたいという本心がぽろっと口から出たのであった。


その、

とんがったものを溶かして、

そのうちにあるものに触れたいと思ったのである。 


「覚えていますか?」 

「覚えています。」 

「それが、どうしたんですか?」 

「実は、それを作った学生と会ったんです。」 

「へぇ・・・。」  


実は、

どんな学生が作ったのかを言い当てて遊んだ末、

たぶん女性だろうと二人の意見は一致した。 


「で、どんな学生だったの?」 

「男性でした。」 

「へぇ。」 

「黒ぶちの眼鏡をかけてて、よくお喋りする、男の子でしたよ。」

 「もっと、強烈な女の子だと思ったのに。」 

「ま、作品と作家さんを結びつけるのは、物語さえあれば、いくらでも出来るから、どうでもいいんでしょうけどね、結局。」 


「はい、ナスに焼き鳥の盛り合わせね。」 


カウンターの向こうから注文の品がすべて届いた。  


イチはタレのレバをかじり、長谷部はつくねを手に取って食べた。  


二人のやりとりは焼き鳥をつまみながらしばらく淡々と続いた。  


しかしその日、

長谷部はおそらく尋ねたいことがあるのだと、

イチは初めのうちから感じていた。


だから頃合いを見計らったところで、

「実は、アイダさんの話がしたいんじゃないんですか?」と振ってみると、

「やっぱりわかりますか。」と、長谷部は気恥ずかしい具合に答えた。  


長谷部は三本目の瓶ビールをグラスに注いで勢いよくあおった。 


「きっと、彼女は何か大切なことをカワセ先生に相談したんじゃないかと思って。」 

「生徒と先生の間にも守秘義務がありますけど。」 

「まぁ、そういわれてしまうと、どうしようもない。」 

「でも、頭の固いカウセリングをしているわけではないですから、時と場合にもよります。」 

「そうですか、で今回は・・・。」 

「実は、そのことで、わたしの方から話したかったんです。というのも、彼女はどうもわたしの口からそれを、伝えて欲しいみたいでしたから。」 

「・・・。」 

「彼女は、美大を、目指したいそうですよ。」 

「やっぱり、そうですか。」

「わかるもんですか。」 

「なんとなく。」 

「でも、なんでそれを直接、ハセベさんに相談しないんでしょう?」 

「それは僕が、そういった相談をあまり受けたくない空気を出しているからでしょうね。」 

「ふ〜ん。そうなんですか。」 

「そうなんです。」 

「でも、矛盾しません?」 

「何が、ですか?」 

「さっきまで、美大を目指す学生の方が扱いやすくて、気が楽みたいなこと言っていたじゃないですか。だったらいいんじゃなんですか?」 

「それは既に、そのつもりで来ている予備校生ならいいんです。」  


イチはよく飲み込めず「と、いうと?」と首を傾げた。 


「要するに、相談に乗って、自分がきっかけで美大を目指すこととか、嫌なんです。」 

「ああ。そういうことですか。」  


イチは納得して、ぼんじりを手に取った。 




「つまり、人生を変える存在に、なりたくないんですね。」 

「そうなんです。」 

「ずっと、そこから逃げているんですね。」 

「そうですね。」  


長谷部は余ったビールを一息に飲み干した。


なんだか漫画に出てくるようなヤケな飲み方で、美味しそうには見えなかった。 


「先生失格ですね。」  


イチは、そう告げることで胸の奥がすっきりした。  

しかしすぐに、

「自分も違った意味でそうですけど。」とつぶやいて、

その日一番に言いたいことが人前で言えた気がした。 


「失格で、いいんです、僕は。」 

「わたしはハセベ先生の代わりに、彼女に、したいようにしたらいいじゃないと、今日、言いました。」 

「ごめんなさい。きっと、そうじゃないかと思いました。」 

「やっぱり今日はおごりですね。」 

「わかりました。」 

「すいません。冷酒、と、先生は?」 

「すいません。同じのを。」 

「それ、お願いします。」 

「ここだけの話、僕は先生を、やめたいんです。」  


 イチはそれを長谷部の本心として捉えたが、

同時に長谷部の甘えでもあり、

ある意味では自分も生徒のように抱きしめられたいという間接的な懇願であると感じた。


しかしイチは、

そういった甘えや悩みを聞いてあげはするものの、

それ以上のことをしてあげるつもりはなかった。


なぜなら長谷部からはある種の打算のようなものが感じられたからだ。  


少しでも不純に感じられるものがあるとイチの心は動かなかった。 


「先生をやめたいと思うこと、ありませんか?」  


その瞬間から、

イチは自分の求めない方向へといかないよう、

そっと舵をとった。 


「ありますよ。何度も。」  


そうやって長谷部に同調しつつ、

彼の胸の奥にたまったものを出して、

すっきりさせてあげることにした。 


「どんなときですか?」 

「どんなときって、しょっちゅうですよ。」 


「はい、レモンサワー二つ。」  


店員がカウンター越しに差し出す。 


「さ、飲みましょう。」  


イチはもしもの場合、飲み潰すことも考えながら、

茹でダコのような長谷部に酒を勧めた。


その後の展開は、

どこの居酒屋でも目にする、

酔っ払いの不毛な発言が堂々巡りのように繰り返されるだけであった。  




作  せいけん

絵     鈴吉



 

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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