神様の樹 3 (作 青剣)


その日、放課後の理科室には一人の生徒しか来なかった。  


その女生徒は、

去年副担任を受け持ったクラスの子で、

名を相田桐子といった。


一年生の秋頃から美術部に所属し、たまに理科室にくることもあった。


それもそのはず、美術部顧問の長谷部誠が、部室以外で絵を描くことを推奨しているためであった。


 桐子はその日ホルマリン漬けの蛇をデッサンしていたが、

「カワセ先生」と頃合いを見計らって、

イチの席へと歩んできた。  


イチはその日、図書室で借りてきた小説を読んでいた。


イチが理科室で小説を読むのは、生徒たちとの距離をなくすパフォーマンスであった。  


「うん?」  


イチは小説をテーブルに伏せた。 


「相談が、あるんです。」  


桐子はそうもちかけて口を閉ざした。  


窓の外からは野球部の声が聞こえてくる。


 「どうしたの?」  


イチは促した。  


ためらっていた桐子が、目を上げた。 


「美大を目指そうと思うんです。」  


イチは一瞬、間を持ってから、 

「いいじゃない。」  

と、答えた。 

「本当ですか?」 

「本当も何も、先生が、あなたの人生を決めるわけじゃないんだから。桐子さんの好きなようにしたら。」 

「そ、そうなんですけど・・・。」  

イチはそのあとの展開をなんとなく予測することが出来た。 


「あんまり、親がよく思わなくて。」  


やはり、親の反対であった。 



イチもその昔、美大を志す気持ちを、母に打ち砕かれた。  


本当は「親なんて気にしなくていいのよ。」と言ってあげたかったが、

イチ自身が親の反対をはねのけてきたわけではないため、

無難に受け答えることとしか出来なかった。 


「それはどうしてなの?」 

「わかりません。でも多分、美術なんてやっても、食べていけないから。とか、そういった理由だと・・思います。」 

「あなたはどうなの?」 

「どうって?」 

「食べていけないとか、そう思うの。」 

「わかりません。だって、まだ、何もやっていないし。」 

「そうよね。」  


沈黙が生まれた。  


夏の到来を予感させる生ぬるい風がカーテンを揺らした。 


「ちょっと質問を変えていい?」 

「え。」 

「たとえば、他に仕事をしながらでも、絵を、描いていきたいと思う?」 

「どうしてそういった質問をするんですか?」  


イチは、口にしておきながら、あまりいい質問ではなかったと思った。  

だから「ごめんなさい。この質問は忘れて。」と撤回すると、

「別に、先生を責めているわけじゃないんです。ただ、そんなこと、考えたことがなかったから。」と、桐子は首を振った。  


そしてしばらく桐子は考えてから「わかりません。」と素直に答えた。  


こういった、ある意味では的外れな質問を口にするたびに、自分は無力だと思いしらされる。  


「先生、ごめんなさい。」  


それは、先生と生徒という関係をとかす、きっかけの言葉であった。  


イチは桐子の手をとって自分の胸へと引き寄せた。


そして強く、彼女を抱きしめた。


桐子は自分のうちにある抱えきれぬものをイチの胸で思いっきり解き放った。




作  せいけん

絵  鈴吉



   

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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