神様の樹 2 (作 青剣)


バターの香りは朝の慌ただしささえまろやかにする。  

イチは、ほぼ毎朝バタートーストを焼いた。

ただ、ぼんやりとトーストをかじる時間が好きだった。  


しかしその日、

「おはよう」と突然、

晋作がキッチンに入ってきた。  


イチは調子が狂った。  

いつもなら晋作はまだ寝ているからだ。  


晋作は冷蔵庫を開けると、パックの牛乳を取り出してじかに口をつける。 


「何かある?」  


牛乳を飲み干した晋作は冷蔵庫を物色する。  


イチは食パン二枚をトースターにセットした。 


「トーストでいい?」 

「ありがとう。」 

「バターは?」 

「塗る。」  


二人が一緒に朝食をとることはほぼかった。 



イチは、晋作が目を覚ます前に出かける。  

久しぶりに明るい中で見る晋作の顔はずいぶんと陽に焼けていた。 


「そういえばさ、明日の誕生日、やっぱり帰るの?」  


晋作と付き合って三年になるが、

彼の誕生日を二人で祝うことがあっても、

イチの誕生日を二人で祝うことは一度もなかった。


なぜならイチはその日、実家に帰ることにしていた。


そしてとある一本の樹の前で過ごす。


もう、何年もそうしてきた。  


ちなみにイチの誕生日は弟の命日でもあった。  

イチは、ケーキに蝋燭を灯すよりも、そっと過ごしたいのである。 


「う、うん。明日は帰る。」 

「わかった。」  


晋作は微笑んだ。

それはいつもと変わらぬ、健やかで爽やかな、笑顔であった。  

イチは、その笑顔を前にして「ごめん。」と呟くことはなかった。  


晋作の笑顔はお互いの関係を取り繕うものでしかない。  


イチは、晋作が複数の女性と関わりを持っている事に、気づいていた。 


「焼けたね。」  


イチは、陽に焼けた晋作の顔を見てそういった。  


しかし晋作は、トースターに目を向けた。 


「違う。顔。」 

「ああ。この季節はね。この仕事を続けて行くなら仕方ないよ。」  


晋作は引っ越し業者として働いている。  

付き合い始めの頃はアルバイトであったが、それから半年後に正社員になった。 


「トーストいいかな?」 

「そうね。」  


イチはトースターからトーストを取るとバターを塗った。  

バターの香りが広がる中でふと晋作の二の腕を見つめた。

それが今日もまた見知らぬ家の家具を運ぶところを想像した。    



作  せいけん

絵  鈴吉


からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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