やや暴力的であること。 



僕の人生で、 

「暴力」と言う言葉が、 

口から出ることはほぼない。 


あまり好きではないし、 できれば避けて通りたい。  


が、 たまに(ある一定の周期で)、 やや暴力的なアクションを起こします。 


ただ、 

その時の自分の心は、 

怒りはなくいたって冷静である。  


怒り含んだような発言をしたとしても、 

3秒いないに元どおりの平静さに戻るし、 

やや暴力的であることを、演じているにすぎない。 


(申し訳ないとは思おうけど、周りにいる方々には一瞬、アンビバレントな気持ちにさせてしまうことは多々あると思う) 


 では何で、そのようなアクションを起こすのか。  


(ちょっと断っておくと、とてつもなく理不尽なことをしているわけではないです。誤解もされるけど。)


多分それは、 物事の境目にあって、 転換点を迎えているからだと思います。 


この瞬間を逃すと、 機を逃してしまい、 イケるところまでイケなくなってしまう。 


人生、 イケないよりは、 イキきってしまった方がいいと僕は信じている。 


イった先の世界の方が、 今までの世界より広いし、 得とくするものは大きいし、はるかに多い。


最終的に得たものを、 

どう使うかを判断するのはその人自身なので、 

まずはそこまで導いてあげる必要がある。 


そのためには、 火山爆発に似た、 「やや暴力的」なものが必要である。 


ちなみに、 私が主催するワークショップでは、

(依頼先の現場によって変わりますが) 

ほぼ9割方、最初にコチョコチョを行う。大の大人が。  


それらのプログラムを、 

ウェブ上で可視化させるようにしてきた結果(2017年度から)、 

事前に何をするかを知らしめると言う意味で、 

参加者たちに安心を与えると同時に参加するハードルをもあげてきた。 


え、 あって間もない、 見知らぬ人たちとコチョコチョするの!? 


と言う衝撃があるのだろうと思う。 


それを敢行してゆこうとすることは、 

ぼくという人間はすでに、 

「やや暴力的」な人間なのかもしれない。 


ところで、 

何で僕はこのタイトルでエッセイを、 

書いているのだろうか? 


多分それは、 自分も今、 ある種の転換点(節目)にいるからだと思います。 


そんな自分に向けて、 

これからも「やや暴力的に」導いてゆく必要を感じているし、 

(言葉がとてもきついですが) 

と同時にやや暴力的なスタイルを薄めて、

万人が参画しやすい物語をドローイングする必要があるのだと思います。  




変な人 青剣    

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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