本当に良いモノには「いいね」がおせない。 


こんにちわ。

変な人の青剣です。


今日は、 

「いいね病患者」に向けて、 

脱・いいね病を促すために書くことにする。  


そもそも、 いいね病患者とは何か? 


SNSの普及によって生まれた、 

承認欲求(誰かとつながっているよね)を確認するための、 

一つの慣習化された行為が中毒となることである。 


❇︎


 「いいね」は何をもたらしたか? 


1)「いいね」に励まされてさらなる投稿を行う。  


2)「いいね」がつかないことを恐れて投稿自体を躊躇させる。 


多分、多くのSNSユーザーの心理には、この二つがうずまいている。 


1) の人は、自分の投稿を誰が「いいね」したのかをチェックする。そして安心する。 


2) の人は、周りでたくさんの人が投稿して「いいね」をもらうのを見て、何か参入しずらさを感じる。もう、今更と思う人も。 


この1)と2)の感覚を少しでもお持ちの方は、 

良し悪しではなく、「いいね病患者」認定である。 


少なくとも、

私はその二つの感覚を、

持ち合わせている。 


❇︎


では、「いいね病患者」でない者はどんな人か? 


 わかりやすくいうと、

(SNSに限らずね) 常に、

going my wayな方である。 


とても大きな次元で、 

雲のうえの神様と繋がって、 

生きている人である。  


そういった方々は、 

あまりSNSを使わないし、 

使用したとしても米国の用意した網をすり抜け投稿している。 


なんとも、 素敵で、 魅力的な人種である。


さて、結論を告げたい。


❇︎  


いいねを気にしすぎる人生は豊かではなくなる、 と伝えたい。 


何かを作って発信する人は、 

それを第一段階で知ってもらうために、

SNSというツールを介するのは今の時代の基本である。 


が、 

どうもそのオマケ機能としてついてくる、 

「いいね」に踊らされてしまうことがあるように感じる。


(たとえば自分が感じている当初のものよりも、こうした方が「いいね」してくれるかなと、それそのものを歪曲させてしまうように)


もちろん、 

作られた世界の文脈の中で愛され、 

支持されることはそれはそれで十分に幸せなことであるからいいと思います。 


が、 それも所詮は、 人間心理を巧みにビジネスへと利用した、 マーケティングという限られたワールドで、 わたしらは見事に踊らされているという意識は持つべきです。 


ちなみに、 

自分でスゴイなと思うものを作って、 

それを世に放った時ほどSNS(face book)では「いいね」がつきません。  


(僕はそれについて最近では安心し始めています。)  


自己弁護のためで言うのではなく、 (あるいは他にそのように感じる人に向けて)

本当に良いものと出会ったとき、

人はある種の畏怖の念から「いいね」を押すのをためらいます。 


なんというか、

わなわなと、

うち震えながら「見てしまった〜」という気持ちになるんです。


つまり、

本当の「いいね」とは、

見てはいけないものを見てしまって、

これはこれはどうすればいいのかわからんと、

しばらくショートしてしまう状態ということかもしれません。


なむなむ。


❇︎


さて。


脱・いいね病をするために、


いいねが押せないゾーンのものを、


私はちょっとずつ作って行こうと思います。


おわり。




変な人 青剣

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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