見せあいっこ。 



作品をつくるとき、 

なによりも大切なことは、 

それを見守ってくれる存在だと思う。 


ちなみに、 生きていること自体が、 僕はその人を作品たらしめていると思う。  


だから、 

生きているだけで表現、 

という考え方に至ると、 

ちょいと大げさだけどその人は人生を舞台にする。 


実際、 世の中には、 自分の身近なフィールドを、 舞台にして活躍するものが多々いる。 


何を伝えたいかを先に言う。 


誰かに見守られている、 

と言う実感をつくることは、 

自分が豊かに生きてゆくためのもっとも大切なファクターである。  


そして、 

その両者の関係(見るもの、見られるもの)の、 

通奏低音としてあるのが実は「みせあいっこ」になると思う。 


決して、 一方的に見せて、 一方的に見られているわけではない。 

(表面的にはそのように見えた関係のものであっても、根底では、もっと深い次元での交わりが生まれている。) 


 今日は、 そんなことについて、 自分が感じたことをほんのすこしだけコトバにした。 


❇︎


最近、 自分の周りで、 何かをカタチにしようとする人が増えてきた。 

(それは、そういった場に、自分が身をおくことになったからである。)


僕は、 そんな人たちの動きを、 襖をそっと開けるようにして見守っている。 


同時に、 

特定の誰かを意識することなく、 

(むしろ僕自身に向けてになるかもだけど) 

僕も何かを小出しにするようにしている。 


まるで、供物をお供えするかのように。 


そうすることで、 

交換日記のような見せあいっこの関係が生まれ、 

何かをつくること、書くこと、表現することを互いに支持しあえる空気が生まれる。 


そういった、 

気流のようなスパイラルをつくるためには、 

できるところからで良いから「みせあいっこ」をする必要がある。  


❇︎


「みせあいっこ」できる、 

つながりが少しずつ生まれるのが、 

楽しみなのである。 


           

変な人 青剣

からだ部

からだ部とは、「からだを感じる」をコンセプトに、部員たちがモノをつくり発信する部活道である。 主な活動は、 1)メディア 2)ワークショップ 3)企画 の三つになります。

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